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2009/01/11

炭坑節の煙突を見てきました。そして鋼鉄の竪坑櫓も

年末年始ではなく、まだ去年08年12月20日の旅行の記事が続きます。
 なんか、北部九州に行くと「産業遺構」を見て回っているようですが、特に深い意味はありません。
前日は鳥栖にいましたし。
ただ古い建物を見るのは好きです。明治村とか。翌日に行った「旧サッポロビール九州工場」もその一環です。
 というわけで、急遽決めた副題は「九州産業遺構の旅」。

(その1)東田第一高炉(2006/05/12)
(その2)志免竪坑櫓(2008/02/11)
 
 時代の流れに逆らってでも今その姿を留めている「」には、留まるだけの意味があると思っています。その姿を可能な限り見て回っていきます。今回は(その3)「伊田竪坑櫓」編です。
 もしくは「竪坑櫓はかっこいい」シリーズの第二弾。ですがここの場合は単純に「かっこいい」と言ってしまうにはその足元に歴史が刻まれすぎています。浮かれた記事とはできませんでしたので、これは念のため。
 
 
 ◆◆◆
 
 
P1920172
 
 行ったのは08年12月21日。目的地は福岡県田川市、いわゆる筑豊です。そういえばこの辺は、現首相の地元ですね。忠隈炭坑の跡も遠からぬ場所にあります。
 JR博多駅からJR篠栗線で直方へ快速で1時間ほど。直方でディーゼルカーの平成ちくほう鉄道に乗り換えて30分。直方での待ち時間も含めて合計2時間ほどで、田川伊田(たがわいた)にたどり着きました。場所はこの辺です↓ 
 

大きな地図で見る
 
 
P1920173
 
 ここまで来た理由となった目的地は、駅からも程近い山の上に有る「旧三井田川鉱業所」です。元は「志免竪坑櫓」を見直すために検索を掛けた処、ここにも竪坑櫓が残っている事に気がついたのですけど。どうも「こっちにも来い」と 呼ばれた ようです。
 
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 伊田の炭坑は明治33年より石炭を掘り出してきましたが、エネルギー源の転換に伴いここも昭和39年に閉鎖されています。現在は「石炭記念公園」として一部が保存されています。
 
P1920191
 
 目玉その1は「伊田竪坑櫓」。
 田川市石炭歴史博物館公式サイトの記述に依れば、この櫓は1909年(明治42)に完成。つまり2009年の今年が築100年です。高さは約28.4m。
 
P1920186
<写真をマウスオーバーすると拡大されます>
 
 竪坑は要するに垂直に下へ掘り進められた穴です。穴の深さは300mに及んだとのこと。その底へ「掘る人を送り込むため」と「掘り出した石炭を運び出すため」に、縦穴を昇降するエレベータが必要となります。
 
P1920189
 
 そのエレベータ(ケージ)を昇降させるための捲揚機構を頭上に保持するために、穴の上に「やぐら」が組まれているわけです。
 
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 伊田縦坑の櫓は「イギリス様式のバックステイ形」。つまり主柱に対して斜めの梁を付けることで構造物を補強しています。
 
P1920192
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 その梁がアクセントとなっていて、その姿は鋼鉄の獣が四つんばいで鎮座しているようにすら見えます。
 
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 鉄骨だけで構成された明治時代の櫓は、今でもその雄々しい姿を留めていました。
 処で当時の一般的な竪坑櫓はこのような鉄骨製とのことです。(志免の竪坑櫓は旧国鉄の所有と言うこともあって総コンクリート造りで規模も倍以上と巨大だった)
 
 
 
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 目玉その2は「二本煙突」。「旧三井田川鉱業所伊田竪坑第一・第二煙突」です。
 
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 煙突は堅坑櫓より1年早い明治41年(1908年)建設。
 炭坑ができた頃の捲揚機は蒸気機関駆動だったため、排煙用として高さ45.45mの煙突が建てられたそうです。今は跡しか残っていない第二縦坑用もあわせて、最大12台のボイラーが稼働していたとのこと。
 
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 はい、この煙突は「炭坑節」で「あまり煙突が高いので さぞやお月さん煙たかろ」と歌われている、その煙突です。当時は環境とか公害とかいう概念が無かったことも有りますが、「お月さんが煙たい」と歌ってしまうほどの黒煙を噴き出していたのでしょうね。
 
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 なのでここには「炭坑節発祥の地」という石碑もあります。
 
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<写真をマウスオーバーすると拡大されます>
 
 なお炭坑節には(炭坑の数だけ?)数多くのバリエーションが有るそうです。私自身「月が出た」のは「三池炭坑の上」と思い込んでいたのですけど、ここでは「月が出た」のは「三井炭坑の上」です。

※なお三井三池炭坑は福岡県大牟田市、有明海のそばで熊本寄りです。こちらにも「炭坑節で歌われた」という煙突が残っています。
 
 
 
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 敷地内には「炭坑歴史博物館」も有ります。でも、
 
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 休館日でした(第3日曜日は休みとのこと)。人がいないと思ったら。
 
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 博物館の敷地内には労働者住宅や
 
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 坑内で使われていた機械や
 
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 石炭輸送に使われてた蒸気機関車なども展示されていたのですけど、敷地内には入れず外から眺めるだけで終わりました。残念。
 というわけで、あとはしばらくこの地をふらふらと徘徊していました。
 
 
 
 
 
 
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  今でもこの地に残っている竪坑櫓を見上げて、私は思いました。
 
 稼働当時。日々過酷な労働が待つ地の底へ、ここからカゴに押し込められて降ろされていった労働者の方々がその際にこの竪坑櫓をどんな思いで見上げていたのか。いえ、私はここでそのことを気安く言及しませんけども。
 
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 ただ、そういう思いを後の人が忘れる事が無いようにするためにも、竪坑櫓は今でもこの地に立ち止まっているのではないかとは思いますし、居続けなければならないとも思います。
 
 
 ◆◆◆
 
 
 当日はJRで小倉へ移動、お城やその辺を徘徊。翌日は旧サッポロビール九州工場と、北九州メディアドームなどを見て回りました。新しい建物も見るのは好きなので。何にせよ結局、建物が好き? 
 
 
さて。「九州産業遺構の旅」シリーズですが、
次回は「大牟田・荒尾」編になるような気がします。時期は未定。
炭坑関係ならば端島も避けられないところですが、これはそれこそいつになるやら。

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