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2009/05/07

5月7日の徘徊。壁とかお墓とか。

 
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 朝の8時前に新大谷長富宮飯店へ。今日は一日「マイバス」という会社の現地ツアーに参加です(窓口はJTBでした)。
 万里の長城と明の十三陵のセットで1日観光昼御飯付きで380元。ここに決めた理由は1人で参加でもこの料金だったから。
 
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 結局この日は全部で9人で出発しました。
 
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 途中妖しい建物の側を通過。
 
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 いわゆる「鳥の巣」です。でもこの網状の外装に合理的な理由が有るのかしら? 
※私はデザインを最優先にした建物はキライ。合理的理由を追及した結果としての必然性を持った構造こそが美しいのです。
 
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 バスは1時間ほどで山の中に。
 
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 山の上にはなにやら構造物が見えるようになりました。
 
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 現地到着。八達嶺万里の長城です。
 
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 入場料は45元だったらしい。
 
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 階段を登って……
 
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 長城です。あっちが「女坂」
 
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 こっちが「男坂」。男坂の方が険しいそうなので
 
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 私は「女坂」のほうに(^ ^;)
 ただしそう考える人は多いのか、行程けっこう混んでいたです。
 
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 てか、中国ではゴールデンウィーク関係ないでしょうし平日でしょうに、何でこんなに混んでいる?? 
 
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 しかもこっちもけっこう坂が急やで。
 
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 今回の旅行は歩いてばっかりだ(この後も……)
 とまれこの坂をせっせこ登ったです。
 
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 なんやかんやで20分ほどの登坂のすえ
 
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 この辺で一番高そうな処まで到着。
 
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 さて降ります……って、山登りって登りより下りの方が大変なんだよ。
 
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 とは言っても10分ほどで下山。
 
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 さてこの「長くて辛い男道を登り始めたばかりだぜ」とかなんとか、するほど元気はありません。行きません。
 
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 ちなみに今登ったのは、この右の一番上の砦まで。
 長城はここまで。再びバスで移動です。
 
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 13時頃についたのはここ。
 
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 二階がレストランで
 
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 お昼は飲茶でした。他にも日本人観光客が沢山。
 ちなみに一階はお店。私はここでは何も買いませんでしたけどね。
 
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 さて再びバスで移動……で、着いたのは明の十三陵のうち「定陵」。ここだけは地下墳墓が公開されているそうです。とうか他の墳墓は発掘自体していないとのこと。保存にはそれが一番だから。
 
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 墳墓手前に立つ柱。ここにはその皇帝の偉業が刻まれているそうですが、この墓の主の偉業は記載なしでした。
 
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 さて例によってしばらく歩いて
 
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 途中に在った門。ここから先は「天国」だそうです。
 
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 ここが天国です。
 
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 実際の陵墓は背後の山の下なので
 
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 階段を延々と下りて
 
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 地下へ。
 
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 地下は意外と広かったです。
 
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 積み上がっているゴミみたいなのは、お札でした。うー
 お賽銭??
 
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 そしてこれが棺、のレプリカ。
 本物は文化大革命の際に燃やされてしまったとか……。もちろん中身も。
 
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 階段を上って、外に。
 
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 天国の門を通って、再びうつつの世界に戻りました。
 
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 さて次は、明十三陵の神路と言う処に。
 要するに陵墓までの参道みたい。
 
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 またこれも延々2キロメートルほど真っ直ぐな道が続き、
 
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 道の両側には仕官や
 
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 馬や
 
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 象や
 
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 毛沢東が立っていました。
 
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 以降も延々と続く。
 
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 これで取り敢えず終わり。
 
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 最後は、亀でした。
 
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 さて、まぁツアーですからには最後はアレです。お茶屋さんで
 
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 お茶の試飲です。
 もちろんその後は実売タイムでしたけど、私自身お土産としてお茶買うつもりでしたから、ここで。
 
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 17時に新大谷長富宮飯店に戻ってきて、ここで解散となりました。ツアー自体には基本的には満足しましたです、私自身は(もう疲れていましたし明日朝は早いので)その後の別ツアーのお誘いは乗りませんでしたけど、時間あったらそういうのも良いのでは無いかとは思ったです。次の機会は私には有るかどうかは判りませんけどね。
 私はその後北京駅の方に行ってから、ホテルに戻りましたです。
 今日はここまで。
 明日は早朝から空港に移動して、日本に帰ります。鼻がグズグズして咳が出ているのはインフルなんたらのせいではなく、空気が悪いのと柳の花粉(?)のせい。ホコリの塊みたいなのが見える形で飛び交ってるのですから……

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