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2009/05/05

たびのはじまりです2009その2<天津編>

 
P2010441
 

例によって今回も、こういう絵からスタートです。

たびのはじまりです2009その1<浦項編>
 
 
 
【以下2009/05/29以降随時追記】今回も帰国後落ち着いてからまとめました。

5月4日の徘徊から、天津到着まで。

5月5日の徘徊。

5月6日の徘徊。北京まで。

5月6日の徘徊。北京にてふらふら右往左往。

5月7日の徘徊。壁とかお墓とか。

5月8日の徘徊。というか後は帰るだけ。
 
 
おまけ:デイリーポータルZ:コネタ城
中国では「チベットのおいしい水」(2009.06.15)
※投稿時には(「中国一品質の高い水」が「チベットの水」なのか、云々)とかなんとか書いて送ったのですけど、その辺は削除されてしまいました。政治的ネタだったから……というよりは、「単なる余計な文言」と判断されたのでしょうね。
 
 
※以降は帰国後にまとめた日記兼メモ兼その他もろもろです。

 中国は今回が初めてです。今回も日数自体は大した事ありませんので、浦項の時と同じボストンバッグだけです。
 今回も往復はJALのマイル特典を使いました、それも何故か知りませんがディスカウントが有りましたので、必要マイル数は韓国の時よりも少なかったです(韓国1万4500マイル、中国1万4000マイル)。ホテルは試合の日に天津に、そして北京で2泊。個別にインターネットの予約サイトから、支払いまでサイトで直截。天津のホテルはそれなりの高級ホテル(と言っても一泊1万円以下)、北京のホテルは外国人向けの安ホテル。なんせ天津の一泊の方が北京の2泊よりも高いくらいで(^ ^;)(北京の方は一泊3000円くらい)
 
5月4日
 
 今回天津に直接乗り込みたかったと言うことと、空港自体にも行きたかったからという理由で、中部国際空港から出発です。そのために前日には高速バスで名古屋まで移動しました。
 当初は4日夜の夜行バスで、5日朝に名古屋到着という予定だったのですけど、ゴールデンウィークで大渋滞というニュースを聞いてしまい、恐くなって直前に4日の昼行バスに予約を変更しました。それでも2時間半遅れでしたけども。判っていたら「ぷらっとこだま」という選択も有りだったです。
 ともあれこの日は、名古屋(の駅前の安いお宿で)で一泊しました。
 
5月5日
 
 早朝6時半発の名鉄特急でセントレアへ。チェックインその他は問題なし。セントレアの銭湯で汗を流してから、10時10分発の天津行きで天津へ。釜山行きの際は途中までしか見ることできなかっった「慰めの報酬」も、今回は最後まできっちり観ることができました。
 搭乗前に健康診断書を書かされたのでどうなるかと思ったですけど、結局飛行機降りるときに回収されただけで、特に何かあったわけではなかったです。入国審査その他もほぼノーチェックでしたし。
 さて今回の旅行でまず最初の難関が「空港からホテルへの移動」でした。実は事前に旅行社に送迎をお願いしてみたのですけど、「8000円」と言われて余りの高さに断念しました。とは言っても、見回してバス停に行くと開発区行きのバスが停まっていましたから、何の外連もなくコレに乗って行くことにしました。テーダ地区まで、8元です。(1元は17円相当くらい。約136円)
 テーダに到着したらここで降ろされちゃったので(乗る際に「テーダ?」と聞いたから、親切に降ろしてくれたみたい)ここでタクシーを拾って、ホテルまで。
 この際は、ホテルサイトで「簡体字でのホテル名と住所」が記述してあるページを印刷して持っていましたから、コレを見せるだけでおおむねすんなりと。私はタクシー余り乗った事無いのでちょっと心配でしたけど、ちゃんとホテルまで連れて行ってくれました。12元(約204円)。とにかくタクシー、安かったですね。
それに、言葉が通じなくても筆談という手が使えましたから、韓国でタクシー乗った時よりも気が楽でした。
この後も、タクシーに乗る際は手帳に行き先を書き込んで提示しました。なので事前に目的地の漢字表記を確認しておくことが要点ですね。あと可能ならば住所も簡体字で書いておくと安心です。
 
 天津でのホテルは思った以上に高級な処でしたので、却って気分的に難儀でした(^ ^;)
 それはそれ、部屋で一息ついてから、泰逹球場へ移動……と。ホテル前の道路一帯が工事中で、歩いていくのは不可能でした。距離的には歩いていける範囲でホテルを探したのですけども。しょうがないので、ホテルのベルの人にタクシーをお願いしました。ここでも、どこに行くかを告げようとしても(私の適当アメリキ語)ではうまく伝わらなかったので、「足球場」と書いてたのを見せたらそれで通じました。
 距離は対してありませんでしたから、ここはワンメータ8元で。と、運転手さんが何かと話し掛けてくる。どうも紙がどうしたこうしたと……。すると現地に到着したところで、おっさんがタクシーに乗り込んできた。
 要するに「ダフ屋」でした。良い席を120元で売るぞと言ってきたけど、そもそもこの試合、日本人は隔離席に押し込められると聞いてましたから、そんなん買ってもしょうがないと拒否。すると80元でとも言ってきましたけどこれも拒否で、なんとか追い出しました。
 まぁ結局はチケットは、普通に窓口で購入しましたけどね。50元(約850円)
 
 事前に告知されていた17時半に現地集合、若干遅れて開場。バックアッパーの端という片隅に追いやられました。そして汚かった。特にアッパースタンドは、普段は使われてなかったのかも。
 
 試合後は中国の人が捌けるまで隔離席に20分ほど押し込められて、それから帰りました。軽軌の会展中心駅まで移動したら予想通りタクシーが待っていましたので、ここからタクシーで。
※この時は何故か12元ほど取られた。夜間料金だったのか、ぼたくられたのか。
 
 25時間有った5日は、これで終わりです。
 
5月6日
5月6日後半
 
 ホテルである程度のんびりした後、まずタクシーで再び軽軌の会展中心駅へ。折角ですからBMT(ビンハイ・マス・トランジット)なる電車に乗りたかったので。6元(約102円)。途中でどっと人が乗ってきましたけど、それ以外は快適で、45分ほどで天津市街区の中山門駅へ。とは言ってもここも天津中央部には程遠い。ここからも再びタクシーで20分。16元5角(約280円)。
 天津駅からは、北京行きの高速鉄道に乗りました。チケットは自販機で買えましたから、何の外連もなく。
(何故か窓口は大行列なのに、自販機を使う人は余り居なかった)一等座で、69元(約1173円)。
 高速鉄道自体は、あっさり300kmhオーバーまで加速されました。まぁ北京到着まで30分ほどでしたし。到着した北京南駅は綺麗でしたけど何もない。ここでも、タクシーで北京駅へ移動しました。25元(約425円)。ホテルは北京駅の側と言うことになっていましたから、尤もちょっとダウンタウンの中に有るホテルでしたから、到着するまでその辺をうろうろすることになってしまいましたけども。到着が13時だったですけど、チェックインはしてもらえました。
 
 部屋に入って荷物を展開してから、ノートパソコンのセットアップ。と、LANがどうやってもつながらない。結局諦めてお出かけしたのですけど、後でロビーに置いてある共用PCの処に「部屋のLAN使いたかったらフロントに言え1日20元」とかなんとかな掲示があることに気がつきました。
 まぁ、フロントロビーの処では無線LANが使えることが判りましたから、ここに泊まっている間はロビーでネットしていましたけどね。
 
 近くの高級ホテル内にある旅行社窓口へ行って、翌日の現地ツアーの手続きを済ませたあと、地下鉄駅へ行ってICカードを購入しました。20元(約340円)+ミニマムデポジット20元。地下鉄は2元(約34円)でした。この日はこの後、天安門広場から紫禁城を徘徊し(故宮博物院60元(約1020円))、繁華街である王府井のほうへ抜けてこちらでもふらふらしました。
 この日は後は、ホテルに戻って寝ました。
 
5月7日
 
 朝8時に、新大谷長富宮飯店へ。マイバスという会社の現地ツアーです。万里の長城と明の十三陵のセットで1日観光昼ごはん付きで380元。ここに決めた理由は1人で参加でもこの料金だったから。会社によっては、一人の場合はこの倍額が提示されていましたから。まぁまだゴールデンウィーク中と言うこともあったからか、この日は私含めて9人参加でした。バスは途中「鳥の巣」のそばを通過して、1時間ほどで山の中へ。八達嶺万里の長城に到着しました。
 それにしても人が多かったです。殆ど中国のお上りさんと言うことでしたけど。
 お昼ご飯は飲茶でしたけど、まぁまぁ。
 その後は明の十三陵のうち「定陵」の地下墳墓見学へ。棺とかにお札が積み上げられて居たのが、何でしたわ。お賽銭らしい。その後は明十三陵の神路なる参道へ。
 そして最後はお茶屋さんへ。まぁお茶はお土産などで買う予定でしたから、ここで買いましたけどね。
とまれ、ツアー自体は特に不快もなく、普通に終了しました。ガイドのお姉さんは一生懸命夕方以降のレストランや京劇ツア-などを勧めておられましたけど。私はホテルに戻って、寝ましたです。
 
5月8日
 
 帰国便が8時半離陸ということで、逆算で朝4時には起床。5時にチェックアウト。地下鉄で移動して、6時の机場快軌つまりエアポート地下鉄で空港へ。
 机場快軌は25元(約425円)ICカードに10元追加して、これで支払いました。
出国手続きなどは問題なし。成田到着時も特に何かあったわけでなく、ここでも健康問診票を提出しただけで終わりました。
 この後羽田へ移動しましたけど、取り敢えず中国旅行の分はココまでですね。
 今回は現地ツアー以外では日本語全く使えませんでしたけど、アメリキ語と筆談でだいたいの会話は何とかなりましたです。特に筆談ができるのは良いですね、旅行の行き先としては楽だと思いましたです。まぁ二度と行くかと聞かれたら、ちょっと困りますけどね。
 と言ったところで。(行くなら上海か香港かな……)
 
 
 
5月8日以降

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