7月16日の徘徊(大崎下島へ)

昨日寝坊したお影で、今日は6時半にはもうホテルをチェックアウト。てくてく歩いて竹原駅へ。

……と。

これは一体

なんだろう?

「ももねこ様」と書いてあるからには、ももねこ様なのでしょうね。

でも、猫なのだろうか?
それはそれ。(帰って調べました。前日見た旧笠井邸に飾ってあったアニメ関係らしい)

竹原駅のコインロッカーに荷物を置いて、竹原港へ。

1時間に一本も通らない電車を見送って

カニも見送って。

「大崎島ゆき」の港へ。

こういうフェリーに乗ると思っていたのですけど、実際に乗ったのは

こっち。

客席は10席ほどの小さな船でした。

でも速い。穏やかな海の上を滑るように走って

1時間掛からずここに到着。

大崎下島の御手洗(みたらい)です。

こちらも古めの町並みが残されているとか何とかで。やっぱりふらふらと。

若胡子屋。江戸時代にはこの辺は潮待ちの街として栄えていて、ここはその頃の「お茶屋」の跡とのこと。その当時は豪勢だったのでしょうね。

今では中は鉄骨で補強されている状態でしたけど。

天満宮。ということはここも菅公絡み。左遷時にここにも立ち寄ってトイレを使ったから地名が「御手洗」になった。いえ文字通り「手を洗った」という事みたいですけど。

ちなみにこの天満宮の下をくぐると願い事が叶うのだそうで。潜ってきました。

時代がかった時計屋さんも有りました。

その先にはこの建物が。「乙女座」。

有料でしたが中に入れましたので入ってみました。花道もありますし、演劇用の舞台のようですね。

寅さんの看板も置いてありましたし、二階には映写室もありましたから、映画館としても使われたようです。

こういう処では活動写真とか弁士付きで見たいです。

学校です。

灯台です。


古そうなお屋敷。

七卿落ち遺跡だそうです。文久の政変で京都を追い出された公家7人が長州まで落ち延びるその途中でここに滞在したとのこと。実際にここに滞在したのは5人だそうですけどね。

さて。ここからはこの階段を上って

「歴史の見える丘公園」なる展望台に登ろうとしたのですが

それが

行き先はひたすら山の上でした。

できるならこれで上まで上げて欲しい(^ ^;)

この「ミカン運搬用モノレール」は、山のあちこちにレールが走っていましたです。

それはそれ、まだ先がある。

結局15分くらいかかって上に到着。

椅子が4つ。


眺めは良かったです。暑かったですけど。
パノラマ。

さて降ります。

ああ風景が変わって、なんか降りたような気がする(^ ^;)

さてさて、11時になりましたので、ご飯を食べることにしました。

元は船宿だったそうです。二階に上げてもらいました。

景色良いです。

ここで名物となっていた「あなご丼」をいただきました(^ ^)

しばらくまったり。

と言ったところで、御手洗滞在はここまで。行きに乗った船はしばらくさっきの港には停まらないと言うことで、

バスで移動です。

しかし、降りるべき処で降り損ねて「小長港」まで来てしまった。ここからは隣の大崎上島にしか行けないみたい。

だそうです。

なので歩いて、「大長港」まで移動。

少し待ってまたさっきの小さい船に乗り

竹原に戻りました。

時間が残っていましたので再度保存地区やこの像あたりを徘徊し

竹原到着時に予約していた空港行き乗り合いタクシーで、広島空港へ。

広島空港到着。

飛行機で帰ったのでした。まる。
次に来ることが有ったら、今度は大久野島(うさぎ島)に行きたいですね。
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