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09/04/22

蘇我の高炉解体の様子はフクダ電子アリーナから見よう

 
今回はデイリーポータルZ「デイリー道場」向けの記事です。
「過去の記事を真似する2」ということで、と言うわけでもなかったのですけど。
今回は「さよなら、第五溶鉱炉」この記事を元にして。というよりは、この機会にこの高炉跡について記事をまとめることにします。

 尤も上記記事では、以下の一文だけは気になりました。

すぐ手前がおあつらえ向きに広場になっているのでゆっくりと鑑賞できます。ここはJEFユナイテッド千葉の新たな本拠地となるスタジアムだ。いっそのことチーム名も「JEF」じゃなくて「JFE」にしたほうがいいと思う。

 JFEは土地を提供してはいますけど、ジェフ千葉のスポンサでは有りませんし、仮にスポンサだったとしてもスポンサの名前をチーム名として冠することはJリーグでは有りません。
 それと、「新たな本拠地」……ジェフ千葉は2005年10月16日のマリノス戦からフクダ電子アリーナを使っていますし「本拠地」です。私自身も3年以上前から何度もここに試合を見に来ています。まぁ興味がない人には気にするまでもないことでしょうけども。
 
 私は以前にも「ベストアメニティスタジアムはかっこいい」とか、そういう記事を書いているくらいで、競技場自体も気にする方ではありますけど、今回は競技場、つまり「フクダ電子アリーナ」自体については『土台』とするだけとしています。
 
 
 
P1950441
 
 私が蘇我に来るのは「サッカーの試合を見に来る」ことが第一の目的です。なので私が写真を写す時には、高炉の前にも黄色い人が沢山居ます。この写真は2009年3月22日、サッカーJリーグ、千葉対川崎戦の日です。
(昔撮った写真には、それぞれ撮影日を書いておきます)
 
 
P1950451
 
 ちなみに並んでいる人は千葉の人だからか、背景の高炉を気にしている人は特にいなかったように思います。まぁそこにあることが当然といった感じでもありますから。
 
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20060830P1420863
<2006/08/30>
 
 尤も、3年前に来た時は、また高炉手前の工場の建物がそのまま残っていましたし、
 
20080608P1750962
<2008/06/08>
 
 去年の夏に来た時でも工場は半分残っていました。
 
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 さて、ここからが今回の本編です。
 
P1950452
 
 キックオフ2時間前、開場の時間となりました。
 
P1950456
 
 階段を上がって、メインスタンドがわのコンコースに上がると
 
P1950457
 
 目の前に高炉が! 
 
P1950487
 
 真っ正面に高炉が!!
 

 
 ぱのらま。高炉を端から端まで見放題。
 つまり、高炉の解体の様子を見るのに一番良い場所ではないでしょうか、このフクダ電子アリーナのメインスタンド側コンコースは、と思うのですよ私は。
 
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20051022P1210712
<2005/10/22> 
 
 ちなみに2005年10月に試合を見に来た時は、
 
20051022P1210737
<2005/10/22> 
 
 メインスタンドコンコース目の前には壁が立てられていて、全く見通しができませんでした。
 
20051022P1210738
<2005/10/22>
 
 わずかに、壁の前に線路の跡が見えただけ。
 
20060830P1420867
<2006/08/30>
 
 2006年8月の際には(近辺の解体が進んだのか)壁が取り外され、
 
20060830P1420868
<2006/08/30>
 
 中の様子が少しだけ見えるように。
 
20070812P1630795
<2007/08/12>
 
 2007年8月ににはメインスタンド前はすっかり片付けられてしまいました。
 そして2008年には高炉を隠していた工場跡も解体が進んで、そして今に至ります。
 
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P1950476
 
 話を戻しますけども、今ではフクダ電子アリーナのメインスタンドコンコースからは高炉の解体が見放題です。
 
P1950502
 
 個人的に気に入ったのは、D入口からの風景です。
 
P1950482
 
 D入り口はメインスタンドアウェイ寄りです。
 さてここまで読まれた方には「フクダ電子アリーナから」高炉を見たいという方もいらっしゃるでしょうから、以下にはそういう方への情報や注意点などを示します。
(Jリーグサポな方は読むまでもない情報でしょうから飛ばしてくださいな)

1.営業時間に注意
 フクダ電子アリーナには、基本的にイベントが実施されている時しか入ることはできないと思います。また現時点ではJリーグでの試合以外のイベントはほとんどありません。日程は福有公式サイトで確認してください。
(今年はキリンカップとなでしこリーグの試合も予定されています)
 Jリーグの場合、キックオフ2時間前くらいに開場し、試合終了後は間もなく閉場します。基本的に夏はナイトゲーム、春や秋はディゲームが多いです。

2.チケット種別に注意
 コンコースは隔離区間が有り(メインスタンドから見て右側のサイドスタンド、つまりアウェイサポータ隔離席)、移動がし難い場所があります。
 高炉を見るに良い場所はメインスタンドのコンコースなので、メインスタンド側のチケットを購入してください。指定席をオススメします。(ジェフシート、メインSS指定席、メインS指定席)
 Sバック指定席とSA自由席はバックスタンド側なのでゲートも反対側になります。バックスタンドからはメインスタンド側に移動するにも一苦労なので、この目的としてはオススメできません。
 ホームコーナー自由席とホーム自由席は移動はそれ程でもありませんが、この辺は混雑しますので場合によっては席が無くなります。こちらもオススメできかねます。
 そして先にも書きましたが、アウェイコーナー自由席とアウェイ自由席は隔離されていますので、メインスタンドに入ることはできません。この辺は止めておきましょう。

2.服装に注意
 ドレスコードが有るわけではありませんが、服の色には注意してください。フクダ電子アリーナをホームとする「ジェフ千葉」は黄色が基本の色なので、皆はレプリカユニでなくても黄色っぽい服を着ています。なので黄色以外の色の服を着ていると変に目立ちます。
 特に対戦チームの色(例えば赤など)の服を着ていると、行動が制限されたり(面倒なことが起きないよう、ホームゴール裏はアウェイサポの通行を制限している)ことが有ります。
 
※メインスタンド指定席はそこまで尖がっている人は多くありませんので、比較的安心です。そういう意味でも、指定席をオススメします。
 
P1950513
 
 最後に一言だけ。試合の日にフクダ電子アリーナに来たのでしたら、高炉だけでなく、試合も見ましょうね。
 
P1960063
 
 3月22日は夕方の試合でしたので、試合終了後は日も暮れてしまいました。
 今年は恐らくはもう川崎の試合はないでしょうから、次に蘇我に来るのは来年以降になるとは思います。その時には高炉の解体も更に進んでいるのでしょうね。
 
20051022P1210709
<2005/10/22>
 
 それ自体には、私からは何とも言えませんけども。
 この記事はここまでにします。


 ……そういえば。実物大スコープドッグを造った人が、この高炉の廃材を利用してモニュメントを作成するという話があったはず。その後、どうなったのだろうか? 
04/23追記:後で再度検索してみたところ、モニュメントもすでに完成しているようです。次回にはそれも見に行くことにします。

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09/03/24

突撃しない等々力のスタごはん

 
なぜ、みな、ヨネスケさんが来るとドアを開けてしまうんだろう。
……いえ私は、『隣の晩ごはん』は見た事ないので判りません。ヨネスケさんはTVで見た事有りますけど。なので『無茶で素晴らしい番組』と言われても、何とも。そもそもその番組を知っている人だけが記事を見るわけでもありませんから、皆が知っているという前提で書かれても読む人は困るでしょう。
 
P1940199
・『友人のSちゃん』
 
G「というわけで! 一人で等々力競技場をウロウロしても職務質問とかはされませんが、一応形式を合わせるために『友人のSちゃん』に来てもらいました。一緒に、Jリーグ試合開催時の等々力競技場でひたすら匂いを嗅ぎながら歩いてみようと思います。お忙しいところすいません」
S「いえ、食べ物の匂い、大好きですんで! 特に肉が好きです! それも生きの良い生肉! 嗅ぎますよ!」
G「Sちゃんは嗅覚がすごいですもんね。『この人、ぜったい美味しいから!』ってテキトーに齧って、当てますからね。恰好とかまったく関係なくて、新しいとか古いとかはバラバラなんだけど、誰も美味しい。…なんなんですか、あの能力は」
S「まあねえ、野生の本能というか。そんぐらいしか特技がないですし」
G「というわけで川崎市内でも人口密度みっしりの中原区にやって来たわけですが……」
S「ていうか、ここ公園だから人口密集していませんよ。それにGさんちのそばじゃないですか」
 
P1710363
・夕闇せまる、うちの近所(等々力競技場)
 
G「いやあ、えーと。等々力に近いと言うことで今の処に引っ越しましたから。……このへんとだけ書いても判らないとは思いますけど、いつもさわらせてくれる半ノラがいるんですけど、今日はいないなあ」
S「それは残念だなー……」
 
P1660427
・半ノラ
 
G「……お、くんくん」
S「くんくんくん」
G「さっそく来ましたね!」
S「何だろう、いい匂い。何だろう? にく? でも他の匂いも……」
 
P1920877B
・フロンパーク
 
S「ところで、このフロンパークって何?」
G「中原街道から等々力競技場への道すがらのプール前広場は、去年まではショップや後援会ブースなどが置かれていたけど、今年からはここにケータリングカーなども並ぶようになったんだよ」
 
P1920879
・春日山部屋出店
 
G「まずは春日山部屋の川崎ちゃんこだな。春日山は唯一川崎に存在する相撲部屋なんだ。その援で、去年も一度ちゃんこ鍋を振る舞うイベントがあったのですけど、今年からは常設なんだ」
 
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・塩ちゃんこ(400円)
 
S「ふむふむ……あぶらげやうどん、きのこなどさっぱりした感じだね」
G「おいしいよ」
 
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・ブラジルキッチン
 
G「となりも常設のブラジルキッチン。フロンターレはブラジルの選手も多いからね」
S「にく?」
 
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・シュラスコ(400円)
 
G「うん、ブラジル料理と言えばお肉だね。他に餃子みたいな感じでハムとかを挟んで揚げたパステル(300円)も有るよ」
S「にくにく……でも、肉やちゃんこはお土産にできないね」
 
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・とんとこ飴
 
G「お土産用には、川崎大師名物『とんとこ飴』も有るよ。アウェイの人もこれでお土産は問題ないね」
 
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・きなこ棒(100円)
 
G「個人的にはきなこ棒が気に入ったです。試合の合間に齧るのさ」
 
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・ドネルケバブ
 
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・ターキーレッグ
 
G「他にも、試合によって色々なケータリングカーが来るみたいだ」
S「おいしいおいしい。……でもそろそろ競技場に入ろうよ」
 
 
G「さて競技場に入ったわけですが……」
S「……お、くんくん」
G「くんくんくん」
S「何だろう、いい匂い。何だろう」
G「何ですかね…」
S「……」
G「……」
S「……うどんですかね? 醤油が入ってる?」
G「そりゃ、うどんですから入ってますよ」
S「肉じゃがですかね?」
G「いえ違います。肉じゃがは有りません。うどんです。そばもありますし御飯ものも有りますけど」
 
P1930837
・メインスタンド下「山田うどん」
 
S「というかココ『山田うどん』ですね。埼玉には沢山ありますけど、川崎では珍しい?」
G「山田うどん、公式サイトを見た限りでは川崎には店舗が有りませんね。等々力を足掛かりに川崎への出店を狙っているのかも……それはそれとして。名物はパンチうどんです」
S「パンチが入ってる?」
G「……パンチもパンツも入っていません。モツが乗っています。ご飯に乗せると「パンチ丼」」
 
P1930848
・パンチ丼(500円)
 
S「おいしいですか?」
G「山田うどんはいつも行列ができる状態ですから、私が食べるのは平日夜の試合など観客が比較的少ない時です。スタンドに持ち込みますので、うどんではなく丼にします」
S「福岡のレベルファイブスタジアムではスタンドへの「ラーメン持ち込み禁止」という表示を見たことがありますけど、等々力では大丈夫?」
G「うどん持ち込み禁止という表示は見たことはありません。バックスタンドのお店『かしわや』にはラーメンも売られていますけど、こちらも禁止とは書かれてないから大丈夫でしょう」
 
 
P1920894
・バックスタンド「かしわや」
 
G「こちらも行列ができるので、最近私はあまり食べることができません。数年前だとがらがらでしたから、ラーメン食べるのも楽だったのですけどね」
S「そりゃJFLやJ2当時のように入場者数が3000人という頃はまだしも、今はJ1で入場者数も1万人割る時の方が珍しい状態ですから」
 
P1920892
・フロンタンメン(550円)
 
S「バックスタンドのほうはラーメンの他に『フロンタンメン』というのも有りますね」
G「ともあれ、どっちでもいいから食べたいですね」
S「おなかすいてますからね、私たち」
G「後で私がオゴりますから、ゆ、許して…。さ、また歩きますか」
 
 
P1920890
・等々力市場
 
G「バックスタンドにも川崎名物のお菓子など売っているブースがあります」
 
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・久寿餅(700円)
 
S「ホーム側に入った人はここでも買えますけど、アウェイ側は隔離されているからココにはこれないね」
G「アウェイの人でもS席に居る人などは、ここでたらふくお土産を買わなければいけません。そういう決まりです」
 
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・われせん
 
G「ちなみに私はわれせんを買ったよ。安いしお腹ふくれるし」
S「普段からお腹は膨れてるでしょ」
 
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・ファンキーズ(400円~)
 
G「後はファンキーズかな」
S「なにそれ?」
G「ホットドッグだよ。2本3本当たり前、トッピングフリー」
S「乗せ放題だからと言っていろいろトッピングしちゃうと、食べるときに困るよ~」
 
 
P1920897
・ローソン売店
 
S「他には何があるの?」
G「まぁ等々力と言えば『横浜サンド』も有名ですけど、今回は故有って掲載しません」
S「写真取り忘れたと」
G「……後はローソンだね」
 
P1920896
・等々力弁当(500円)
 
G「ローソンも選手をモチーフにした弁当など用意してくれてるんだよ」
S「他にも各種弁当やお菓子など取り揃えています」
G「……なぜ急に宣伝口調?」
 
 
P1920929
・メインスタンド下「ふくしまの米」ブース
 
G「では最後にとっておき、ふくしまの米1kg(650円)だ!」
S「いや、このお米は確かにおいしいかったけど、でも生では食べられないよ」
G「あとメインスタンド下では『とんかつ和幸』の特製とんかつ弁当のブースもあるのですけどこちらも写真取り忘れました、ごめんなさい」
 
 
G「そろそろ記事の終わりですけど、まとめようにもまとまりが無くなってますね」
S「そもそもこれはとある記事のオマージュになるように書いていたはずなのに、途中からお構いなしで普通にグルメ紹介となってしまってる。まともな記事にしちゃったら、オマージュにならなくなっちゃうのでは?」
G「……」
S「……」
 
P1940579
・試合終了後には「山田うどん」も色々品切れ
 
G「ヨネスケさん、来てくれないですね」
S「ですねえ…」
G「しかしこう、いつか本当の突撃、やりたいですねえ」
S「出来るかなあ」
G「やるならアウェイですね」
S「アウェイもおいしいものいっぱいありますから。山形とか」
 
 
 
 
※なお今回の「等々力スタジアムご飯」については、3月7日ホーム開幕戦と3月11日ACL天津戦で調べています。それぞれその日限定のメニューも有りますしそうでないものも今後変更の可能性があることを一応書いておきます。
 それと、今回オマージュの一環として写真にはモザイクを掛けていますが、決して写真をクリックしないように。

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09/03/05

日本初の「人造人間」を巡るあれこれ

 
「日本初」、また「東洋で初めてのロボット」と呼ばれ、博覧会での巡回の後地下鉄工事を妨害する鬼どもを蹴散らして壮絶な最期を遂げた「學天則」が去年2008年7月、大阪で復元され一般公開されました。
今回はその「學天則」を巡る記事です。
 そして「學天則」について気になる事を追求してみました。それは『はたして「學天則」は惹句で言われているように「東洋で初めてのロボット」なのか?
 今回の記事は3段構えでお送りします。
 
-*-*-
 
P1920529
 
 川崎に在る東芝科学館に行ってきました。
 
P1920530
 
 この科学館は東芝工場の敷地内にあるので、ゲートで専用の入館バッチを受け取っての入場となります。ちなみに入場無料です。
 
P1920536
 
 ここに来たのは、東芝の創業者の一人である「田中久重」こと「からくり儀右衛門」の「文字書き人形」がレプリカでも見たかったから。
 
P1920535
 
P1920534
 
 ……でもココは映像展示だけでした、これは調査不足すぎでした。(弓曳き童子のレプリカは置いてあったのですけどね)
 
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 ともあれ「からくり儀右衛門」の「文字書き人形」は、「寿」「松」「竹」「梅」の4種類の文字を実際に書くことができたそうです。製作は1840年代と推測されています。およそ170年前という処でしょうか。
詳細は公式サイトの方を参照ください、
 
-*-*-
 
P1920429
 
 さてここからが本題です。2月のある日肥後橋まで行きました。大阪です。
 
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東洋初のロボット「学天則(がくてんそく)」の復元作業が終了
 
 行き先は大阪市科学館です。私自身はここに来るのは2回目です。その時には、科学館で上映する映画用に作成されたというレプリカ(非可動・1/2縮小版)が展示されていました。しかし今回作成されたのは1/1で実際に稼働するレプリカなのです。復元公開自体は去年2008年7月には行われていたのですけど、この記事に気付いたのが最近だったので。実際に動作する姿を見ることができるとなると、もう行く機会を待ちきれず、今更ながら大阪まで行く事としたのです。
 
P1920432
 
 その期待を胸に抱いたわくわくの状態で中にはいると、そこに在ったのは! 
 
P1920438
 
 ロボット「キューブくん」でした。……あれ? 
 ちなみにこのロボットは、その場で6面の状態を確認すると、両手を使ってあっという間にルービックキューブを解いてしまうという「ロボット」です。
 ……いえ私が見に来たのはこれはでは有りません。と見回すと
 
P1920435
 
 目的の彼は、玄関入ってすぐの所に鎮座していました。位置的に死角に置いてあったのですぐには気がつかなかった。しかしその姿は高さ3.2mと、見上げるほどの巨大なものでした。
 
P1920451
 
P1920436
 
天則に学ぶ…。すなわち、學天則です
 
P1920433
 
 その隣には資料の展示だなも有りました。この写真の人が製作者である西村眞琴博士です。
 
P1920434
 
 そしてこれがオリジナルの「學天則」の写真です。
 オリジナルは1928年(昭和3年)、京都博覧会に大阪毎日新聞が出品しました。ちょうど80年前ですね。その様相については、荒俣宏著作の『帝都物語「龍動篇」』より以下に引用します。

この人造人間は、全身が金色に輝く金属製の巨人である。しかし、人間に似ているかと言えば、下半身はまったく似ていない。彼の下半身は車輪のついた箱である。
(中略)
 また、学天則の胸の部分--といっても、下半身の箱と頭部とをつなぐ、ごく短い胴の部分であるが--にはひときわ目につく花章がある。西村博士によれば、これはコスモスの胸がざりである。コスモスには、宇宙と秩序をも表す言葉だから、学天則に付ける徽章の意匠に最もふさわしい。
 最後に、学天則の顔である。西村博士はこの人造人間に、全世界の人種の夢を託そうとした。そのためには、学天則が特定の民族をあらわす容貌を持つべきでない。博士は考えた、考えあぐねた末に、地球を代表する五民族の特徴を、一つに合成した顔を作る決心を固めた。
(中略)
 自然の生物に関する全ての象徴を集めたロボット。これこそが西村博士の夢なのだった--。
(以上角川文庫「帝都物語」第弐番より)
 
 これを読んでから今回のレプリカの写真を見直すと、可能な限りオリジナルを再現していることが判ると思います。
 
P1920455s
 
 なお『帝都物語』では學天則の下半身となる「箱」には車輪が付いていたとなっていますが、今回復元された『學天則』には車輪は付いていません(これは念のため)。
 
P1920446
 
 また顔も五大民族の特徴を合成したというだけ有って、どこの人かまるで判らない、不思議な面持ちとなっています。
 
ちなみに
Wikipedia - 學天則
上部に告暁鳥と言う機械仕掛けの鳥が付属していて、この鳥が鳴くと學天則は瞑想を始める。

 ということでオリジナルには上部に巨大な鳥が居たそうですけど、今回はそこまで復元はされていません。


 
 オリジナルではドラムに設置したカムが圧縮空気を通したゴム管を開閉することにより動作を制御していたとのことですが、今回はコンピュータ制御のコンプレッサで動作しています。
 
P1920443
 
 さて。現在は1時間毎に動作していると言うことでしたので、他の展示を見ながら時間を待ちました。
 
P1920442
 
 でも基本的には、こっちの「最新型ロボット」の方が人気でした。ううむ。  尤も私もじっと見てしまいましたけどね。6面を確認した後、あっという間に最短解を見つけて全面揃えてしまうのですから。
 
P1920441
 
 そして40分ほど待って。ついに學天則が動く時が来ました。
 

 
 學天則は目を瞑ってのしばらくの思考の末、左手の霊感灯(インスピレーション・ライト)が輝くと、学天則は目を開けにんまりと笑い、右手のペンで文字を書く。
 
 見ての通り、學天則が実現できたのは、思考のあるような素振りだけ。手に持ったペンでは「学」「天」「則」の三文字を描く予定だったようですが(※これも帝都物語経由です)、京都で展示された際にはそこまでも実現できず、文字を書く素振りで終わっています。つまり「機械」としては、冒頭に示したからくり儀右衛門のが作成した「からくり人形」の方が遥かに複雑な動きを実現していた事になります。
 
ここで疑問が生じます。
 學天則を東洋初の「ロボット」というのならば、江戸時代にからくり儀右衛門が作成した「からくり人形」はロボットではないのか? まぁこの疑問自体はここでは置きますけども。
 
 一つの答えとして、學天則はチャペックが「R・U・R」で「ロボット」という造語を示した(1921年・大正10年)それ以降に制作されたから「ロボット」と冠されているということになっているという考えがあります。実際、西村博士は著作で「R・U・R」に言及している部分があり、博士自身、學天則制作の前に「R・U・R」を読んでいるようです。しかしその著作によれば、學天則は労働者の代替として造られた“ロボット”ではないともしています。
実際、學天則は「労働者の代替」を目的とはしていません。
 
大阪市立科学館、「学天則」を動態復元
では「學天則」とはどんなロボットだったのか。彼が造ろうとしたのは、機械的なロボットではなく、人工的な生物の再現だった。動物の筋肉や血管を再現しようとしてゴム管と空気を用いた駆動を採用し、スムーズに動かすことを目指した。反射神経の働きなども研究したという。できあがった學天則は、ヨーロッパのオートマタに近い仕組みのロボットだった。あることは文字を書き、霊感灯を光らせ、ほほえむだけ。それは実用、労働力の代替を目指していたロボットとはまったく違ったものだった。

 西村博士は「學天則」を「人造人間」としています。人間を模して造られた「人造の」人間です。だからこそ、その動力も敢えて「空気圧」を利用して「血の流れ」の代替とる形で「人を模して」作られているのです。
 
P1920456
 
 「學天則」はロボットではなく「人造人間」です。
(帝都物語でも學天則は「魂の無い人間の代替」として鬼と対峙することになりますが、その事が西村博士に最後の決断を促す事となります。子細は小説をお読みください)
 
-*-*-
 
 学天則は京都での博覧会の後、東京ほか各地の博覧会などを巡回し人気を博したのちドイツに渡ってそのまま行方不明になったとされています。そのため、現在オリジナルは存在していません。
 しかしもちろん、映画「帝都物語」を見た人は、『ドイツに渡った後に行方不明』とは表向きの理由で、実際には地下鉄銀座線工事を妨害していた鬼達を退治の果てに壮絶な最期を遂げたのはご存知でしょう。
 
 という*前提*を元に、今回の記事のまとめとして「學天則の最後の場」を見に行くことにしました。
 「帝都物語」でも描かれている通り、地下鉄銀座線は1927年(昭和2年)に日本(東アジア)で最初に営業を開始した地下鉄であり、開始当初は浅草-上野間(2.2km)で営業を始めました。
 
P1920510
 
 これは上野駅からの銀座線地下鉄駅への入り口です。現在でも当時の痕跡が伺えるような気がします。
 
P1920511
 
 改札入ってすぐに、開通当時の線路が展示されてありました。
 
P1920513
 
 今まで特に気にはしていませんでしたけど、こうしてみると確かに地下鉄銀座線は天井も低く掘られた穴自体が小さいことがよく判ります。
 
P1920515
 
 上野を出発。
 
P1920517
 
 上野から3分ほどで稲荷町に到着。「帝都物語」の記述では、『地上は稲荷町から上野にかけての商店街』ということで學天則が爆破した地点はこの間のはず……でも、よく判りません。  なので、稲荷町から上野へ戻る際は動画で録ってみました。
 

 
 學天則の残骸は見えましたか? 
 今でも學天則は、このどこかに眠っているのです。
 
 
 
参考サイト:各記事引用部分には、該当URLを明示しています。
大阪市立博物館:プレスリリース 東洋初のロボット「学天則(がくてんそく)」の復元作業が終了
 
Robot Watch:大阪市立科学館、「学天則」を動態復元~80年前の「人造人間」が復活
 
wikipedia:學天則
 
探検コム:ロボット誕生 あるいは日本初の人造人間の「思想」について
 
 
参考文献:

地球は人間だけのものではない―エコロジスト西村真琴の生涯
地球は人間だけのものではない―エコロジスト西村真琴の生涯
畑中 圭一 (著)
 
 學天則自体については1章のみですが、西村博士の人となりや背景を確認する事ができました。
 
帝都物語〈第弐番〉
帝都物語〈第弐番〉
荒俣 宏 (著) (角川文庫)※写真は「第壱番」です。
 文庫判です。旧版では12冊構成でしたけども、現在は6分冊で構成されています。學天則が登場するのは「帝都物語3 大震災(カタストロフ)篇」「帝都物語4 龍動篇」で、これは新装版では丁度「第弐番」がその両方の合本となっています。それにしても今回読み返して、その圧倒的な分量の博物に基づいた世界には圧倒されましたです。ダンブラウンなんか底が浅すぎで、目じゃありません。
 と言うわけで今回の記事もそのつもりで書いていますので、念のため。まぁそのまま信じる人は居ないとは思いますけどね。

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09/01/11

炭坑節の煙突を見てきました。そして鋼鉄の竪坑櫓も

年末年始ではなく、まだ去年08年12月20日の旅行の記事が続きます。
 なんか、北部九州に行くと「産業遺構」を見て回っているようですが、特に深い意味はありません。
前日は鳥栖にいましたし。
ただ古い建物を見るのは好きです。明治村とか。翌日に行った「旧サッポロビール九州工場」もその一環です。
 というわけで、急遽決めた副題は「九州産業遺構の旅」。

(その1)東田第一高炉(2006/05/12)
(その2)志免竪坑櫓(2008/02/11)
 
 時代の流れに逆らってでも今その姿を留めている「」には、留まるだけの意味があると思っています。その姿を可能な限り見て回っていきます。今回は(その3)「伊田竪坑櫓」編です。
 もしくは「竪坑櫓はかっこいい」シリーズの第二弾。ですがここの場合は単純に「かっこいい」と言ってしまうにはその足元に歴史が刻まれすぎています。浮かれた記事とはできませんでしたので、これは念のため。
 
 
 ◆◆◆
 
 
P1920172
 
 行ったのは08年12月21日。目的地は福岡県田川市、いわゆる筑豊です。そういえばこの辺は、現首相の地元ですね。忠隈炭坑の跡も遠からぬ場所にあります。
 JR博多駅からJR篠栗線で直方へ快速で1時間ほど。直方でディーゼルカーの平成ちくほう鉄道に乗り換えて30分。直方での待ち時間も含めて合計2時間ほどで、田川伊田(たがわいた)にたどり着きました。場所はこの辺です↓ 
 

大きな地図で見る
 
 
P1920173
 
 ここまで来た理由となった目的地は、駅からも程近い山の上に有る「旧三井田川鉱業所」です。元は「志免竪坑櫓」を見直すために検索を掛けた処、ここにも竪坑櫓が残っている事に気がついたのですけど。どうも「こっちにも来い」と 呼ばれた ようです。
 
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 伊田の炭坑は明治33年より石炭を掘り出してきましたが、エネルギー源の転換に伴いここも昭和39年に閉鎖されています。現在は「石炭記念公園」として一部が保存されています。
 
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 目玉その1は「伊田竪坑櫓」。
 田川市石炭歴史博物館公式サイトの記述に依れば、この櫓は1909年(明治42)に完成。つまり2009年の今年が築100年です。高さは約28.4m。
 
P1920186
<写真をマウスオーバーすると拡大されます>
 
 竪坑は要するに垂直に下へ掘り進められた穴です。穴の深さは300mに及んだとのこと。その底へ「掘る人を送り込むため」と「掘り出した石炭を運び出すため」に、縦穴を昇降するエレベータが必要となります。
 
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 そのエレベータ(ケージ)を昇降させるための捲揚機構を頭上に保持するために、穴の上に「やぐら」が組まれているわけです。
 
P1920208
 
 伊田縦坑の櫓は「イギリス様式のバックステイ形」。つまり主柱に対して斜めの梁を付けることで構造物を補強しています。
 
P1920192
<写真をマウスオーバーすると拡大されます>
 
 その梁がアクセントとなっていて、その姿は鋼鉄の獣が四つんばいで鎮座しているようにすら見えます。
 
P1920188
<写真をマウスオーバーすると拡大されます>
 
 鉄骨だけで構成された明治時代の櫓は、今でもその雄々しい姿を留めていました。
 処で当時の一般的な竪坑櫓はこのような鉄骨製とのことです。(志免の竪坑櫓は旧国鉄の所有と言うこともあって総コンクリート造りで規模も倍以上と巨大だった)
 
 
 
P1920183
 
 目玉その2は「二本煙突」。「旧三井田川鉱業所伊田竪坑第一・第二煙突」です。
 
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 煙突は堅坑櫓より1年早い明治41年(1908年)建設。
 炭坑ができた頃の捲揚機は蒸気機関駆動だったため、排煙用として高さ45.45mの煙突が建てられたそうです。今は跡しか残っていない第二縦坑用もあわせて、最大12台のボイラーが稼働していたとのこと。
 
P1920207
 
 はい、この煙突は「炭坑節」で「あまり煙突が高いので さぞやお月さん煙たかろ」と歌われている、その煙突です。当時は環境とか公害とかいう概念が無かったことも有りますが、「お月さんが煙たい」と歌ってしまうほどの黒煙を噴き出していたのでしょうね。
 
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 なのでここには「炭坑節発祥の地」という石碑もあります。
 
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<写真をマウスオーバーすると拡大されます>
 
 なお炭坑節には(炭坑の数だけ?)数多くのバリエーションが有るそうです。私自身「月が出た」のは「三池炭坑の上」と思い込んでいたのですけど、ここでは「月が出た」のは「三井炭坑の上」です。

※なお三井三池炭坑は福岡県大牟田市、有明海のそばで熊本寄りです。こちらにも「炭坑節で歌われた」という煙突が残っています。
 
 
 
P1920210
 
 敷地内には「炭坑歴史博物館」も有ります。でも、
 
P1920211
 
 休館日でした(第3日曜日は休みとのこと)。人がいないと思ったら。
 
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 博物館の敷地内には労働者住宅や
 
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 坑内で使われていた機械や
 
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 石炭輸送に使われてた蒸気機関車なども展示されていたのですけど、敷地内には入れず外から眺めるだけで終わりました。残念。
 というわけで、あとはしばらくこの地をふらふらと徘徊していました。
 
 
 
 
 
 
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  今でもこの地に残っている竪坑櫓を見上げて、私は思いました。
 
 稼働当時。日々過酷な労働が待つ地の底へ、ここからカゴに押し込められて降ろされていった労働者の方々がその際にこの竪坑櫓をどんな思いで見上げていたのか。いえ、私はここでそのことを気安く言及しませんけども。
 
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 ただ、そういう思いを後の人が忘れる事が無いようにするためにも、竪坑櫓は今でもこの地に立ち止まっているのではないかとは思いますし、居続けなければならないとも思います。
 
 
 ◆◆◆
 
 
 当日はJRで小倉へ移動、お城やその辺を徘徊。翌日は旧サッポロビール九州工場と、北九州メディアドームなどを見て回りました。新しい建物も見るのは好きなので。何にせよ結局、建物が好き? 
 
 
さて。「九州産業遺構の旅」シリーズですが、
次回は「大牟田・荒尾」編になるような気がします。時期は未定。
炭坑関係ならば端島も避けられないところですが、これはそれこそいつになるやら。

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09/01/03

ベストアメニティスタジアムはかっこいい

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 博多駅から特急で20分、普通でも30分で
 
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 その目の前に姿を現す
 
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 無骨な鉄の塊。これが鳥栖スタジアム。現在はネーミングライツにより「ベストアメニティスタジアム」です。
 この日(2008年12月20日)は天皇杯準々決勝の観戦のためここに来たのですけど試合については前に書いた記事を参照していただくこととして、今回の記事ではこの「スタジアム自体」を愛でます。
 この球技場は、今では鳥栖のシンボルともなっています。それは
 
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 JR鳥栖駅のシンボルイラストがスタジアムになっているくらいです。
 
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 鳥栖駅からスタジアムへ渡る陸橋の上から全体を見るとこうなります。
 この通り、特急も停まる駅の目と鼻の先、歩いても駅から3分足らずで着くという立地の良さもこのスタジアムのすばらしさですしピッチに近いスタンドも良いのですけど、ここではスタジアムとしてのすばらしさよりも見た目の構造について突っ込みます。
 
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 これはホーム側のサイドスタンドですが、この通りスタンド自体は鉄骨で組み上げられたそのままという無骨な構造となっています。
 
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 こちらはメイン側。メインスタンドとバックスタンドには屋根が有るため、その屋根を釣り下げ支えるためにサイドスタンド以上に鉄骨の帆柱が並びます。
 
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 これはバックスタンドです。こちらも同様の構造です。球技観戦のためには、視野を遮るような形で内側に柱を立てるわけにはいかないから。
 
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 この大屋根を、後ろから釣り上げ引っ張るだけで支える必要が有るのです。
 
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 だからスタンドの背後には、このように柱がずらりと並び、この柱がスタジアムの外見を構成することとなります。外見については最後に愛でるとして、話を先に進めます。
 
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 駅からの陸橋を降りてすぐ、ホーム側サイドスタンドの下にはここをホームスタジアムとしているサガン鳥栖のオフィシャルショップが有ります。サポートグッズなどのお買い物はこちらでどうぞ。(試合の際には中にも店が出ます)
 
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 これはスタジアムを越えた向こう側の交差点から。もちろん信号は有りません。
 
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 ホーム側サイドスタンド全景。皆走り気味なのは開場直後だったので。
 
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 さて。ベストアメニティスタジアムの特徴として、バックスタンド側のコーナーの処理もその一つです。
 こちらはホーム/バック角。
 
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 そしてこちらはアウェイ/バック角。どちらも角はスタンドなどが有りませんが、これは
 
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 敷地の都合です。このためにバックスタンドはメインスタンドに比べて小さくなっています。
 
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 バックスタンドもですが、メインスタンドも下と上、スタンドが二層の構造となっています。その更に上には屋根。
 
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 これはメイン下層から見たメイン上層の張出部分。

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 そしてメイン下層と上層の間も、鉄骨の組み合わせで支えられています。以降しばらく上層と下層の間の写真が続きます。
 
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 端から端まで並ぶ鉄骨。
 
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 無表情に並ぶ鉄骨。
 
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 頑なに規則正しく組み合わされている鉄骨。
 
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 建設されてからもう10年以上経っているので、その鉄の部品の一本一本がもはや風格といえるほどの存在感に溢れています。
 
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 その鉄骨が、見渡す限りに整然と並んでいるのですから。
 
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 私は建築物のマニアでは有りませんけど、それでもこの姿には「美」を感じざるを得ません。
 これが構造自体を追求した処に有る「美」というものでしょうか? 
 
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 球技場としても素晴らしいベストアメニティスタジアムは、その姿自体も素晴らしいのです。
 
 
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 さて。最後に外見に戻ります。
 メインスタンドを外から見たら、こうなります。
 
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 メインスタンドの背後にして、この無骨さです。装飾を配して骨組みだけにしているのは、単純に建設費用を下げるためだけだったのかも知れませんが、それ故に構造そのものの美しさを見ることができます。
 
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 もう「かっこいい」としか言い様がありません。
 


 
 動画でも。見渡しただけですけども。
 
 
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 最後にもう一度、全景です。
 日本国内にも素晴らしい球技場は幾つかありますが、その中に有ってもベストアメニティスタジアムは最上位クラスにランクされるでしょう。今後スタジアムを建設しようとする自治体は、このベストアメニティスタジアムを視察することを強く勧めます。
 
 というか実際このスタンドを直に見るためだけでも、鳥栖まで来る甲斐が有るとは思いませんか?(笑)
この項ここまでです。

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08/06/17

いまになって4月の川崎のお祭りについて。もちろん全世界に知られたアレです

 Jリーグも幕間に入りましたので、貯めていたネタ系記事を出します。

 今回は「知らないうちに世界的に有名な川崎のアレ」について。世界的に有名な川崎と言っても、バイクでは無いのです。(→以前アメリキ旅行中に「どこから来たのか」聞かれて「KAWASAKI」と答えたら、相手は「カワサキか」と納得しつつ、バイクのハンドルをもつジェスチャーで返された事が有ったのですよ。「そのカワサキとは違う」てのは説明面倒なのでしませんでしたけどね。というかバイクのカワサキは川崎さんが始めただけで地名のカワサキとは関係ない、とか説明できるほどアメリキ語操れるんだったら苦労はしないです、私)
 
 まぁ、「川崎の4月のお祭り」と書けば、それだけで判る人には何を書くのか判るぐらいに、勇名だとは思います。だからこそ、川崎に住み着いている身としては「いつか書かなければならない」とは思っていました。
 
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 4月最初の日曜日。ポンキッキーズな二人に出迎えられました(駅の広告。マンション?)
 
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 現地に着いたのは11時過ぎ。川崎大師の駅は大混雑。いえ初詣での時などの方が混むのでしょうけど。お正月などは混む事が判っていますから却って近寄りませんので判りません。
 
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 さてその初詣などの「通常」ならば、この駅からは当然駅から向かって左へ進み川崎大師へ行くのでしょうけども。この日だけは人の流れは逆方向です。目的地は青→の先。
 
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 京急大師線川崎大師駅を大師側の改札を出て右を向くと見える「宮川病院」の方向へ進み、前の道を進んでください。
 
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 その奥に、目的の地があります。
 
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 そうです、この日は4月の最初の日曜。川崎がその名を世界に轟かせている、というお祭り、「かなまらまつり」の当日です。
 
 基本情報については、wikipediaをご参照ください。かなまら祭

かなまら祭は、江戸時代に川崎宿の飯盛女達が願掛け(性病除け)を行ったことに端を発し、商売繁盛・子孫繁栄(子授け)・安産・縁結び・夫婦和合などを願い、現在も毎年4月に盛大に行われる。エイズが蔓延するようになってからはエイズ除けの祭として国際的に知られるようになり、多数の観光客が訪れるようになった。また、女装した男性が多く参加することも特徴であり、祭の重要な構成要員となっている。日本国外でも「歌麿フェスティバル」あるいは「Iron Penis Festival」として知られており、多数の外国人観光客も訪れる。

 まぁ素朴すぎて「今の目から見る」と突き抜けたお祭りになっちゃっているわけですが、その突き抜けてている処を「突き抜けている」と全世界に向けて喧伝された結果、「突き抜けている」お客が全世界から集まってきて、雰囲気も「突き抜けている」という感じとなっています。
 
 処で、今回の記事はその祭りの内容上「かなまら」自体について言及せざるを得ない場面がでてきます、ただ私自身は「こういうの」についての直截的な表現は可能な限り抑えたいです。そのため、以下記事中……要するに「まら」に相当する物について言及する場合には「Phallus」と表記します。(ラテン語だそうです)「かなまら」は「Steel Phallus」と表記しますが、この表現はアメリカ語版 wikipedia に準拠しています。→ http://en.wikipedia.org/wiki/Kanamara 
(でも実の処は、アメリカ語とラテン語のちゃんぽんはちと気持ち悪い処。ラテン語だと"Chalybs phallus"?→オンライン辞書で引っ張っただけなのでほんとかどうかは判らない。ただ、「Phallus」を直截的な単語で書かなかったのは、要するにアメリキの人も「直接表現」を避けたかった、と言うことだとは思います)
 
 
 話を当日現地に戻します。
 
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 この日は12時から「面掛行列」ということで、表通りは人で一杯でした。「面掛行列」はお面を被った行列、要するに仮装行列のことですが、このまつりでは仮装した人よりも3基の御神輿の方が中心となっています。
 
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 でも交通規制はしていませんから、人だかりを割って車もバスも平気で通ります。
 
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 「Steel Phallus」マークの奉納幟。
 
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 その背後に立つ……ええと、マイメロディ(^ ^;)
 ※敷地内に幼稚園が在ります。
 
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 時間になって、行列が始まりました。最初の御輿登場。
 
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 世界的に有名なお祭りと言うことで、余所の国の人達も目立って多かったです。
 御輿に群がる皆様。
 
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 御輿の中央にすっくと立っているのは、もちろん「Steel Phallus」です。
 
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(念のためモザイク掛けました。マウスオーバーで解除します)
 
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(マウスオーバーでモザイク解除)
 
 続いて出てきたのは、もうそのまんま。エリザベス御輿だそうです、名前は提供している「お店」より。その、お店の関係者が担いでいます。どういう店なのかはここでは言及しません、気になる方は各自御調べください。
 ……ええと、「でっかい」なんとか、とかなんとか掛け声を上げていたような? 
もちろんなんとかには「Phallus」に相当する単語が入ります。
 
P1710335
(マウスオーバーでモザイク解除)
 
 私的には、インターネット経由でもう幾らでも写真を見ることができる「Steel Phallus」自体よりも、「Steel Phallus」に群がる皆様、その大きな「Steel Phallus」がその場にあからさまに存在することを喜んでいる、またはその存在を確認したことを喜んでいる皆様の姿の方が気になってしまったです。そのために余所の国からも駆けつけている? 
 
P1710336
(マウスオーバーでモザイク解除)
 
 こちらは確実にそのために駆けつけたであろう、外国のメディアの方。
 
P1710337
 
 これは3つめの御輿。船御輿です。
 
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 あまりの混雑ぶりに、壁によじ登って見ている人も少なからず。
 
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 でも、バスは通ります。
 まぁ行列は、あっという間に通り過ぎていきましたです。
 
 
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 さて、行列は通り過ぎていきましたから、ここからは境内の中の様子を覗きました。
 人が一杯です……でも、こちらは同じ境内に在る「若宮八幡宮」です。
 以前は別の場所に在ったそうですが、川崎の再開発の過程で、金山神社を含めたいくつかの神社が若宮八幡宮に合わせて祀られることとなったそうです。
 
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 こちらも、精力的に撮影しまくっていた外国のメディアの方。全く根拠はありませんけど、イタリアの深夜番組というイメージが浮かんだデス。(ドイツの放送局も、夜中にアレな番組ばかり流してた処があったな……)
 
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 これは「Steel Phallus」をかたどった飴の販売テント。買う人一杯。
 私が見ている内に売り切れとなってしまっていました。いえ私は買いませんでしたけど。
 
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 「Steel Phallus」をかたどった柱に跨がる人と、それを写すカメラな皆様。
 突き抜けたお祭りだから突き抜けて楽しむのは良いのですけど、中には何だかよく判らないアニメ系コスプレな人なども居て、その突き抜けすぎには正直頭が痛くなりましたです。
 
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 奉納演芸も行われていました。……でもなぜかベンチャーズ(^ ^;)
 
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 他には、温泉場みたいな「突き抜けた」グッズ売りなどなど。
 この突き抜けた空気に晒されると、普通は買わない「突き抜けた」グッズなどを買う人も居るのかもです。
 
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 ちなみに混みすぎで、肝心の金山神社には近づくことすらできませんでした。
……花はきれいでしたです。まる。
 
     :
    :
   :
  :
 :
 
 
 で、終わるのでは、気分的にもなんだか難がありますので、記事は更に続きます。
 まぁ実の処は、当日混むことは想定していましたから……
 
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 こんな事もあろうかと、実は前の週に現地調査をしていました。
 さすがに、前の週は駅も空いていましたです。
 
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 もちろんというか一週間前では、境内に人は殆ど居ませんでした。
 
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 改めて、こちらは若宮八幡宮。
 
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 こちらは狛犬……ではなく、その背後に建っているのが「金山神社」です。
 
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 一見、神社に見えない建物ですね。詳細は以下の通り。金山神社
御祭神の両神は、イザナミノミコトが火の神を生んだ際、下腹部に大火傷をしたのを、治療看護した神とされており、お産、下半身の病にご利益があると言われている。現在は、子授け、夫婦円満の神、エイズの御守りなど、性神として信仰を集めている。
金山神社社殿は 1999年建て替えにあたり、鉄をイメージし外側を鉄板でおおい、黒1色の一辺約3mの正八角形、高さが8mの吹き抜けで、およそ一般的にいう「神社」とは異なる個性的な社殿となった。

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 その前には絵馬殿。
 
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 その絵馬殿中央にすっくと立つ「Steel Phallus」。
 
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「御神体をまたいでご参拝ください」と書いてありましたから、跨ぎましたよ
「御神体には絵馬を掛けないでください」とも書いて有りますが、インターネットで過去の記事を検索すると、絵馬に埋もれて本体が見えなくなった御神体の写真を何枚も見ましたです。だからこそ今では「掛けるな」なのでしょうけど。
 もちろん掛けられている絵馬は、ここに掛けるべき願いが書かれた物ばかりでした。
 ※詳細については記事では言及しません。現地でご確認ください。
 
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(マウスオーバーでモザイク解除)
 
 社殿側にも、「Steel Phallus」が建っていました。
 
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 金属加工会社の奉納品です。
 この神社は名前の通り鍛冶や金物の神様なので、それらを扱う会社の信仰を集めているとのこと。面掛行列の3つめの船御輿は「日立造船」寄贈だそうで。
 
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 もちろんこちらにも、絵馬を掛けては駄目です。
 
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 さて、この扉の奥は……
 
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 社殿の中は「鍛冶の神様」に相応しく床の半分が土間となっており、中央部に「ふいご」と「炉」と「金床」とが置かれていて、鍛冶屋の作業場そのままとなっています。
 
 実際の処はお祭りを見たときにも、鍛冶の神様と下半身の神様がどうつながるのかよく判っていませんでしたが、ただ後日この記事を作成する際にインターネット経由で調べてみました。それによると、古来行っていたタタラ製鉄で鉄が産み出される過程が「人間の出産」への過程と似ているとして、古代の人がこの二つを重ね合わせて考えたとのことでした。
 そう考えてから、先の金山神社の由来を読み返すと、それは何となく納得できるような気はします。
 
 実際の処お祭り自体については、祭られているのが「Steel Phallus」というだけで、またピンクのどでかい「Phallus」の御輿が練り歩くと言うだけと考えることができます。例えばその要素を別のものに置き換えてしまえば……ふろん太を置いて「ふろんたまつり」とか……それだけで、普通のお祭りになってしまいます。そう考えてしまえば。私自身は余りに「突き抜けた」雰囲気で却って醒めてしまいました。
 でっかい「Steel Phallus」が担ぎ上げられていたからと言って、「中学生じゃないんですから」とそれだけで喜んだりはしなかったです。ただ、そういう中学生みたいに喜ぶ処まで「心を緩めた」人達はたくさんいましたし、そもそもがお祭りですから「心を緩めて」楽しむ。そのことこそが……本当は肝要なのだろう、とは思いました。
 
 
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 このお宮が賑わうのは、おそらくは4月第一週の週末だけ。他の日は基本的にひっそりと静まり返っているのでしょう。
 次の喧騒は、また来年の4月第1日曜日に。
なお開催日は各自ご確認ください

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08/03/27

2007年小猪の旅(2007:A Porcellino Odyssey)


◆“序曲”OVERTURE

 これは筆者が2007年に、「猪」を求めて日本中をさ迷った記録である。
 
 
 2006年12月。2007年の年賀状用にネタを探していた私は、何の気なしに検索して出てきた「猪像」に目が止まったのですよ、これが。曰くそれは「イル・ポルチェリーノ」、フィレンツェのメルカト・ヌーボー(新市場)に置かれている幸せのシンボルといわれている像だそうです。
 とは言ってももちろん、そのためにフレンツェまでには行けません、行けませんがな……とは思ったのですけど。しかくよく調べてみると、実は同形の像は日本にもレプリカが何体か存在しているということも判りました。というか、最初当たった資料では「レプリカは3体」となっていましたのに、検索すればするだけ増える一方。最終的に日本国内で見つかったのは以下の7カ所です。これが全てか……は判りませんけども、この場ではこれで全部とします。

 1. ホテル・ザ・マンハッタン@幕張
 2. ポルチェリーノカフェ@三宮
 3. 北野のうろこの家@神戸
 4. 京都ホテルオークラ@京都
 5. ピジョン(会社)@東京
 6. 東京駅八重洲南口@東京
 7. 尾道の病院@尾道

結局、
 07年の年賀状については幕張で写真撮影を行い、それをもとに年賀状作成を行いました。というわけでこの件終了……。
 で終わらせても良かったのですが。ただせっかく調べたのだからには、分かった範囲だけでもこの猪たちを一通り見て回ろうと考えて「しまった」のでした。
 尤もそう言っても、上記7体だけにしても範囲が広いですし、こっちもお金が一杯あるわけでもないので「このためだけ」にあちこちには行けません。なので初めから、基本的には別の理由で……その大半というか殆どはサッカー関係ですけど……近くに行った際に猪も見てくる、という形式を取りました。その結果、目標を完遂するまでにはまる1年かかってしまい、記事にまとめるに至った時にはすでに亥年を通り過ぎて子年になってしまったのですけれども。構想から15カ月に渡った超大作です、大半待ち時間ですけど。

 
 といった処でよろしいでしょうか、では『これは筆者が2007年に、「猪」を求めて日本中をさ迷った記録である』の始まりです。
 
 
 
◆「新年の夜明け」THE DAWN OF NEW YEAR
 
1.ホテル・ザ・マンハッタン@幕張
 
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 2006年12月29日13時、幕張駅に到着。寒かったような気はしますけど、もはや1年以上前のことですから。
 
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 それは兎も角、まず最初の目的地はここです。京葉線海浜幕張駅から南口の方へ、数分歩いた処。
 
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 幕張に在るホテル「ホテル・ザ・マンハッタン」です。
 最初は正面から入って探してみたのですけど、実際には裏門と言った方が近い場所に在りました。
 
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 ポルチェリーノです。
 
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 銘板の説明書きに寄れば、
「この魅力的なブロンズ製いのしし像は、1925~30年頃フィレンツェの有名な彫刻家ピエトロ・タッカ<1577-1640>によって3体だけ制作され、その一つはフィレンツェ市のメルカト・ヌォヴォー新市場ーの広場に置いてあります」云々。
 
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 見ての通りの、堂々としたいのしし像です。以下、同じいのしし像が姿もほぼ変えず場所だけ変えて何度も続きます。
 
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 ともあれ、まずは幕張にて。今日のすかーさま、その1。
 
 
◆「ポルチェリーノ探査計画」PORCELLINO MISSION : 2 MONTHS LATER
 
P1550302
 
 日は少し進んで、2007年3月11日朝7時半。
 この日は2007年J1第02節神戸-川崎戦がホームズスタジアム(神戸ウィングスタジアム)で行われましたので、その試合を見るために夜行バスで神戸まで来ていました。そして夜行バスが着いた早朝からポルチェリーノ探索の第2フェイズが始まったのです。
 神戸には2体のポルチェリーノが居ました。
 
 
2.ポルチェリーノカフェ@三宮
 
P1550304
 
 三ノ宮駅を北口に出て、阪急神戸線に沿って西へ。しばらく進んだその線路下に。
 
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P1550306
 
 ポルチェリーノです。
 
P1550311
 
 ここは、その名もズバリの「ポルチェリーノカフェ」のシンボルとして鎮座しておられました。
 
P1550308
 
 ちなみにホテル・ザ・マンハッタンの像にも同様の銘板が付けられていましたが、「鼻を撫でて、舌にコインをのせ、すべらして下穴にはいると、願いがかなうとイタリアフィレンツェでは、言い伝えられて居ます」だそうです……いやまてよ。
 
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 ホテル・ザ・マンハッタンでは、猪の足元の「くぼみ」には小石が敷き詰められて居ましたが、ここでは鼻先直下には穴が穿かれています。
 
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 そして口元からは水が。要するに下の穴は排水溝ですね。実際この像の基本は「噴水」ということです。猪の口から涎がだらだらと。
 
P1550312
 
 なおサイズについては全部同じ大きさでした。
 それと朝早すぎたので、このカフェ自体はまだ開いてなかった。これは残念。
 
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 三ノ宮にて、今日のすかーさま、その2。
 
 
3. 北野のうろこの家@神戸
 
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 さてすぐにこの日の次の目的地へ。細い路地の坂を上っていくと……
 
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 見目麗しい羊羹が。いや洋館が。「北野のうろこの家の庭」です。
 
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 その前庭に。
 
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 ポルチェリーノです。
 ここの場合、足元の穴には全面水が張られていました。場所、水も吹くでしょう。
 
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 やはりここでも、「猪の鼻を撫でると幸運に恵まれる」となっています。そういうものなのでしょうね。
 
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 だからここも(他でも)触られまくりなのか、鼻先はテカってます。
 
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 ちなみにここの場合、前庭のまんなかに位置していますので
 
P1550329
 
 他ではけっこう見にくい背後の姿もばっちりです。
 見ての通りで、このいのしし像は足元の地面も四角く造られています。が、この後そうでは無いものも現れます。
 
P1550333
 
 ここでも、今日のすかーさま、その3。
 
 
P1550335
 
 なお、うろこの家の上の階から前庭を見下ろすとこの通りでした。
 
 
 
◆“休憩”INTERMISSION
 
4. 京都ホテルオークラ@京都
 
P1570294
 
 さらに日が変わった3回目の探索は、2007年4月7日に実施しました。見て判る通り……って、この写真で判りますか? 京都(駅)からスタートです。(この日も移動は夜行バスで
……)
 
P1570296
 
 京都駅から更に、地下鉄烏丸線「烏丸御池駅」で地下鉄東西線に乗り換え、「京都市役所前駅」で降りるとすぐ側に目的地は有り。
 
P1570298
 
 京都ホテルオークラ。
 
P1570299
 
 その階段を一階下りると
 
P1570301
 
 そこに。
 
P1570302
 
 ポルチェリーノです。
 
P1570303
 
 ここの銘板でもかかれていることは同様です。
 
P1570305
 
 なのでやはりというか、鼻先はテカっています。
 
P1570306
 
 でもここの場合はいのしし前の穴はそのまま、噴水機能もなく水も張られていない排水溝もない状態です。像そのまんまだと、こういう状態なのでしょうね。
 
P1570304
 
 それと、居場所が半地下と言うことで、ちょっと窮屈な感じはしましたです……。
 
P1570308
 
 今日のすかーさま、その4。
 
 
 この日はこの後、大阪は万博記念公園まで出て脚大阪対川崎の試合を見たのでした。
 その後は、夜行高速バスで東京に戻りました。
 
5. ピジョン(会社)@東京
 
P1570798
 
 で、東京に戻った4月8日、その足でそのまま東京探索編に突入です。
 東京駅からJRで馬喰町へ。
 
P1570799
 
 その町中を歩いていると、ビルの前に唐突に。
 
P1570800
 
 ポルチェリーノです。
 
P1570810
 
 なおこのビルは、育児や介護の用品を扱っているピジョンの本社とのことです。
 
P1570802
 
 取り付けられた銘板(古い方)からみるに、このポルチェリーノは1975年7月に設置されたとのことです(その後本社の移転に伴いこの像も移転)。
 
P1570804
 
 もちろん鼻先は(以下同文)。
 
P1570803
 
 さらに足元の穴は、もうコインを投入すること前提で金網が掛けられ鍵も掛けられています。
なんか分かりませんが、水が溜まっているとコイン投げたくなるのかしらん? 
 
P1570808
 
 今日のすかーさま、その5。
 
 
6. 東京駅八重洲南口@東京
 
P1570822
 
 さて、東京駅に戻るとさらにその地下の八重洲地下街に。
 
P1570823
 
 その中でも「センタースポット」という場所に。有楽町寄りの待ち合わせ空間です。
 
P1570813
 
 もちろん、そこの目印となっているのは……
 
P1570814
 
 ポルチェリーノです。
 
P1570815
 
 ただしここの銘板では「幸福の子豚像」となっていました。また、「このブロンズ像は、イタリヤ・フィレンツェのウフィーツィ美術館第二廊にある「猪」の大理石像を模刻したものです。」という書き方になっています。
 ただ、ピエトロ・タッカの造った像自体も、元はその「大理石像を元にしている」そうですから、同じ物ではないにしろ、同じ「いのしし像」ということになります。異母兄弟ぐらいの位置と言うことか。
 
P1570816
 
 そういう事もあるからか、この像は猪本体だけで足元の土台までは造られていません。もちろん排水設備もありませんから水も吹きません。
 それでも、鼻を撫でると……という効力自体は変わりませんし、鼻がテカっているのも変わりません。
 
P1570819
 
 今日のすかーさま、その6。
 
 
P1570826
 
 と言うわけで、この日はここまで。若干ふらふらしながら家に帰りました。そして寝た。
 
 
 
◆「尾道と無限の彼方」ONOMICHI AND BEYOND THE INFINITE
 
 
さて、
 2006年12月末から2007年4月に掛けて3回の探索で、7つのうち6つまでのポルチェリーノ像参りを済ませることができました。が、残り一カ所の場所は尾道です。川崎に巣食っている身としては、尾道は簡単に行くことができる場所ではありません。実は2006年は対広島戦アウェイで広島ビッグアーチまで行きましたけど、それもその余りの遠さ(と移動の面倒くささ)に2007年は広島アウェイ行きを断念しましたくらいで。だからなおさらこの年は行く機会がありませんでした。
 
 なので一時はここでまとめて記事にしちゃおうとも考えたのですが、結局は機会が来るのを待つことにしました。
 
 
7. 尾道の病院@尾道
 
P1660675
 
 結局、その時期が来たのは7ヶ月後の2007年11月25日。それも、京都は西京極での京都対仙台戦を見るのに、広島行きの飛行機経由で尾道へ行き一泊、早朝に一回りして新幹線で京都へ移動という無茶。
 
P1660678
 
 なお私は尾道に来たのはこれが初めてでした。まぁじっくりまわればいろいろ見るところもあったのでしょうが……ホテルを早朝に出て、7時から8時半までの1時間半ほどをこの地での徘徊に費やしました。それはそれ、
 
P1660679
 
 ふらふらしつつもまっすぐ目的地へ。
 
P1660682
 
 15分ほど歩いたところに在った病院の
 
P1660683
 
 その前に。
 
P1660684
 
 ポルチェリーノです。
 
P1660685
 
 もちろんここでも「鼻をなでると幸運に恵まれる」という言い伝えがある前提ですから、
 
P1660686
 
 もはや鼻がテカっているのは宿命です。
 
P1660687
 
 ここでも、前の穴には水が張られていますし、水も吹きます。本来の姿です。
 
P1660691
 
 今日のすかーさま、その7にしてこの一連のとりあえずの最後となります。
 
 
P1660699
 
 と言うわけで。最後だからと言うことではありませんが、ここで初めて鼻を撫でてみました。
今年こそ、幸せになれると良いな。
 
 
 
◆“終曲”EXIT MUSIC
 
 ・それぞれの参考URLなど。
 
 ホテル・ザ・マンハッタン
 ポルチェリーノ・カフェ
 うろこの家
 京都ホテルオークラ
 ピジョン本社玄関前
 八重洲地下街
 尾道の病院前

 
 この7体、基本的に同じ「小猪の像」なのに、どれも置かれている環境が全然違いますから、見た目の印象も違っていて面白かったです。でも、どれも鼻筋はテカっている。また、噴水にしてある場合には必ずコインが投げられている。日本人の習性なのか、それとも「そういう設定だから幸せになるんだ」と素直すぎるのが原因か。取りあえず私は、コインは投げませんでしたけどね。
 
 さて、同じような「ポルチェリーノ」像(のレプリカ)は、本家イタリアや日本国内のみならず世界各地に在るそうです。判っただけでもパリのアンリ四世広場・マドリードのフィリップ四世広場・シドニーホスピタル前、カナダのビクトリア市にあるブッチャートガーデンなど(ミュンヘンにも在るらしい)。要するに世界中に存在するということですね。ということは日本に存在するポルチェリーノ像を一回りしたからといって、それで終わりではないでしょう。私が次に目指すのは、スターゲートを通り抜けて世界巡礼です。
 
 
 ……いや、行けませんがな(^ ^;)
(この項終わり)
※日本国内で他にポルチェリーノ像が在るのをご存知な方は情報をいただければ幸いです、尤も在ったと判っても行くかどうかは?(機会を作ることができれば……)


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08/02/11

「志免竪坑櫓」を見てきました。お正月の話です。

◆前書き:
 元日、天皇杯決勝も終わり気が抜けた処でふと思いました。

「そうだ
 九州
 行こう」

 で。1月2日朝に慌てて準備を始めたのですが、なによりこの時点で九州から戻ってくるための術が有ったのがまずかった。帰りの手段として、「キングof深夜バス」はかた号の予約がこの時点で取れてしまったのです。(現地に着いてから確認したら売り切れでしたので、たまたまキャンセルが出たのを拾ってしまったみたい)これで取れなかったら
「駄目でした」で取りやめで終わりだったのですけどね。
 
 と言うわけで、1月2日夕方の飛行機で熊本へ。熊本一泊して馬食って、翌3日に高速バスで福岡に移動。さらに一泊しての4日が今回の話です。午前中はキャナルシティに行って、「かろのうろん」でごぼ天うろんを食べた後、バスに乗って南へ移動したのです。
 
 
 
◆本編:
 

 
 イオンモール福岡ルクルに到着。いえ目的の場所はココではありません、行き先は右へスクロールすると見えてくる「」です。
 
DSCF2107
 
 てくてくあるいて10分足らずで
 
DSCF2111
 
 麓に到着。坂を登り切るとそこに有ったのは
 
DSCF2139
 
DSCF2145
 
 
 
DSCF2117
 
 ばかでかい「廃墟」……というか、「塔」でした。いえ実際には「」です。
 
DSCF2118
 
 以前に「デイリーポータルZ」の「ちょっと見てきて」にも投稿した「志免竪坑櫓」。今回の福岡行きはほぼこれを見に来るのが目的でしたから。
 
 この竪坑櫓は石炭発掘の際の巻き上げの為の設備で、櫓自体は53.6mと言いますから10階建てのビル相当、地下は430m下まで掘り下げられていたと。
 昭和18年に建造、昭和38年採掘。その後所有者が移動し一時は解体の寸前にまで来ていたのが、保存運動の結果現在は保存の方向に進んでいるそうです。
 
 感想はもう単純に「でかい」。でかいコンクリートの塊といった感じで、それが経過した時間の分ボロボロにはなっているものの、いやなっているからこそなおさらその存在感が大きく感じられました。
 
 最初の写真でも判るとおりで、そんな存在がなんの外連もなく町の中にすっくと建っていたので、バスで向かって来ている途中で不意に視野に入り込んできた時にはもうびっくりする間も無かったです。それこそ、何の違和感もなく街のなかにありましたから。
 
DSCF2151
 
 ちなみに櫓のすぐ隣には「シーメイト」なる施設が作られています。
(櫓はこの地図の左下に位置します)
 
DSCF2120
 
 これがシーメイト。志免町総合福祉施設だそうです。
 
 
DSCF2153
 
 これはシーメイトの正面玄関越しに櫓を見たところ。
 

 
 櫓の回りはこんな感じで金網で囲ってあります。
 
DSCF2133
 
 もちろん金網の中は立ち入り禁止です。更に内側にも壁が見えますが、以前はこの壁だけだったようです。
 
DSCF2127
 
DSCF2128
 
 というのも見て判るとおりで、金網の内側にも道路があり、それを無視した形で無理矢理囲っていますから。「シーメイト」を造った際に舗装したのでしょうけど、その時点では保存はあまり考えていた無かったと言うことでしょうね。
 
 ともかくしばらくは、櫓のまわりをふらふらしながらじっとこの存在を眺め続けました。
 
志免竪坑櫓

 
 という「くるくる」な気分を少しでもお届けするために、櫓の回りを「ぐるり」とまわって撮った写真をgifアニメ化しました、上記写真をクリックするとポップアップします、どうぞ。
 
DSCF2154
 
 と、ずっと見ているのも何でしたので、20分ほどで離れることにしました。シーメイトのバス停から。
 
DSCF2158
 
 バスに乗った後も見えなくなるまでじっと見続けたのですけどね。
 
 
 
◆後書き:
 竪坑櫓から帰った後は、テムジンで夕飯を食べて寝ました。
 そして1月5日は、昼前からふくちゃんラーメン本店に行った後、夕方天神からはかた号に乗車。この日は7台編成で、全席満席という恐ろしい状態でした。処で某番組では「キングof深夜バス」として恐怖の対象となっているコレですけど、実際には拘束時間が長い(14時間)というだけで、そんなに非道い乗り物ではないです。(フロリダまでエコノミークラスで13時間よりは楽~)
 まぁ熟睡できるかと言えば難しいですけど、それでも14時間の半分も寝られたら7時間、東京-大阪間の夜行バスではうつらうつらしてる内に到着してしまって寝不足で下車するよりはずっとましのように思います。
 なお起きている内は携帯電話をいじってました、結果持っていた単三充電池6本を全部使い切ってしまいましたけども。
 そんなこんなで翌6日朝に新宿に到着、そのまままっすぐ家に帰って後は寝ていましたです。これで今年の正月は終わりです。

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07/07/29

タイ国での日本っぽい物を紹介、のはずが後半は変な方向に。

 早い物で、あれからもう2ヶ月となってしまいました。5月のタイ旅行の際に拾っていたネタです。ただスキャナを準備するためここまで時間がかかってしまいました。
 ※ちなみに購入したのはCanon PIXUS MP510[amazon] カラープリンタも無かったので。ちなみに購入したのはヨドバシでですけど、今見たらamazonのほうが安いやんけ(- -#)。(他Canon PIXUS MP600Canon PIXUS MP460も検討しました。いえ別にキヤノンに拘ったわけではありませんけどね
)スキャナとしての能力については今回の記事で御確認下さい、こういうブログでしようする分には充分な能力でしたです。

 それはそれ、タイで見かけた日本(日本製品、日本っぽい物などなど)を紹介するという有りがちなネタなのに途中から「ぱんちらチェック」になってしまうという急転直下の展開をお楽しみください。
 
 
 
P1610516
 
 07年5月のタイ・バンコクです。今回はバンコクを(いつものように)ふらふら徘徊して見かけた「日本っぽいもの」などを紹介します。
 
P1610518
 
 まず目に付いたのはコンビニ、それも正真正銘の「セブンイレブン」です。
これは町中でもあちこちに見かけましたので、水分補給には有り難かったです。
 
P1610520
 
 ちなみに「ファミリーマート」もあちこちにありました。アジアカップでもグラウンド看板の中にファミリーマートの物がありましたが、これは必ずしもTVの向こうの日本人向けの看板では無かったみたいです(日本語で書いてあった看板も有りましたけどさ)。
 
P1610546
 
 なお少ないとは言え独自のコンビニも有りました。「ナンバーワン」これは日本では見た事ない。
 
P1610573
 
 ちなみにコンビニで購入した物その1「もぐもぐ」ゼリーっぽい飲み物でした。
 
P1610574
 
 その2「あっさり塩味フライ」いえそのまんまグリコのプリッツ。
 グリコのお菓子は他にも一杯ありましたし、CMなどもあちこちで見かけました。
 CMといえばスカイトレインの各駅にはいくつもTVが置かれ色々なCMが流れていましたが、日本の化粧品会社のCMが目に付きましたです、日本の会社だからか、出てくるモデルはみな日本人(みたい)。タイ現地の人としては日本人っぽいのが希望なのか、日本の会社だからそういう方向に引っ張っているのか。私には深いところまで判りませんけどね。
 
 
P1610562
 
 サイアムで見かけた看板。「生茶」ですし見た事のあるパンダですし。
でもよく見ると「みのちゃ」と書いてあります。……あれ? 
(07/07/30追記: 「みのちゃ」って、「美濃茶」のことかな?)
 
P1610563
 
 これもサイアムにて。「ダイソー」です。つまり100円ショップ
 
P1610564
 
 ……ならぬ「60バーツ」ショップです。1バーツ3.5円(逗留当時)換算で「210円」。
ちなみに品揃え的には日本のダイソーで見たこと有るような、というよりは意図的に日本で売られている物を「そのまま」売っている感じ(タグに書かれている日本語表記がそのまま)で、安いお店というよりは「日本からの直売店」という感じでした。
 
P1610566
 
 これもサイアム付近。日本料理店みたいでしたけど詳細不明。新日本料理と謳っている割に「SAMURAI」とはアンビバレンツな。
 
P1610570
 
 これはぶら下がっている蜘蛛男……はこの際無視して、その背後のお店が「無印良品」ということです、はい。詳細確認忘れた。
 
 
P1620132
 
 さて所変わって、これはタニヤ通り。パッポン通りの隣で、現地駐在日本人向けのお店が密集している処です、見ての通り看板は日本語ばかり。どの位日本向けかというと
 
P1620133
 
 こんなのが客引きしているくらいで(^ ^;)
 
P1620131
 
 そんな場所なので、こういう看板も……詳細は聞くな(- -#)
 
 
 
P1630295
 
 さて。これはサイアムで購入したおみあげ、まんがの単行本です。ふらりと入った本屋さんで買いました。ちなみにヨーロッパなどでもそうでしたけど、余所の国ではまんがなどは普通の本屋さんには余り置かれて無く、専門店で売られています。私が入った本屋もまんがやおそらくはティーン向け小説なのだろう本などがメインのちいさなお店で。
 
IMGn_0001
 
 なぜか? オリジナルも手元にありましたので、まずは比較を。
 講談社コミックス「魔法先生ねぎま!」14巻 390円
 そしてそのタイ販売版。VIBULKIJ PUBLISHING GROUP発売で正式な講談社のライセンス許可を受けている旨の表記が入っています。値段は40バーツ。通常のレート換算ですと3.5円(逗留当時)で140円となりますが、現地での体感に基づく物価で考えると1バーツ10円相当で、それにあわせると400円とほぼ日本での値段と同等になります。
 ちなみにこうやって見比べてみますと、ロゴが見た目そのままにタイ文字にうまく変換されていると感心しますです。
(以下まんが画像は上記どちらかからの引用です)
 
IMGn_0009
(タイ版)
 
IMGn_0010
(日本版)
※ちなみに日本オリジナル版の方が白いのは、紙質の差がそのままスキャンに現れた結果です。
 
IMGn_0008
 
 ちなみにタイでも横書きで左綴じのため、裏焼きで配列が裏返しになっていて、文字がタイ文字になっている以外は付録頁まで可能な限り翻訳されていてほぼ同一の内容になっています。
 
 
 と思ったのですが。
 
IMGn_0003a
 
 ……妙に違和感があります。なのでオリジナル(日本版)を確認したら違うところがすぐ判りました。
 
IMGn_0000a
 
 つまり、「ぱんつ」の部分を書き文字でごまかしていたのです(^ ^;)
 他の部分は、写植だけでなく書き文字も念入りに書き直してあるのですが、それだけでなく「ぱんつ」を隠すための謎の文字も書き込まれていたと言うことです。
 
IMGn_0000aa
 
 違いがわかるように、このコマでは日本版タイ版重ねてみます。(マウスオーバーラップで画像切り替わります)ちなみに日本版に合わせるためにタイ版は画像を裏返しています。
 
IMGn_0004
 
 ちなみに他の頁も確認したのですが
 
IMGn_0007
 
 ぱんちらカットはどこも
(07/07/30追記: このカットは日本版オリジナルでも書き文字がぱんつに被せ気味になってますね)
 
IMGn_0013
(これは15巻より)
 
 書き文字で隠されています。
 
IMGn_0006
 
 なおこのコマだけはぱんつが隠されていませんでしたが、これは修正漏れ? 
 
 まぁ実際の処は出版物での表現に対する規制というのはどこの国でも有り、またその規制内容は国によって大きく違いますからこの手の修正自体は特に珍しい事ではありません。国によってはヌードのカットが下着or水着着用に修正されていることも有るそうですし。
 
IMGn_0005
 
 でもこのタイ版コミックスでは、ぱんつ描写については可能な限り隠している割に、他の部分を隠す描写はなかったりします。
 
IMGn_0012
 
 このコマ(やその前後)では(お風呂のシーンなので)オールヌードなのですけど、これ自体に対する追加の修正は一切有りません。不思議です。
 
 今回のサンプルからは、「ぱんつだけに執着する」タイ当局の姿が浮かび上がることになりました。これ以上のことについては、さらなるサンプルの収集が必要になると思います。
 ……取り敢えず私自身は、タイに再び行く予定はありませんけどね(^ ^)
 
参考文献:いちおう張っときます[amazon]
魔法先生ネギま!(14)(コミック)
魔法先生ネギま!(14)

魔法先生ネギま!(15)(コミック)
魔法先生ネギま!(15)

 なおタイ版につきましては、日本での入手は困難と思われます。
 
 
 
P1610545
 
おまけ:
 タイの警察官。お疲れ様です。

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07/05/19

川崎を縦断する、徒歩で。(実行編)

 
前の記事からの続きです。まず前章「川崎を縦断する、徒歩で。(準備編)」を参照してくださいな。
 
 
 
0.スタート地点まで

 4日朝4時起床。4時半家を出発、まず出発地点へ移動開始。
 残念ながらこの日は天気も良く、出発を遮る物は何もありませんでした。

 :
 稲田堤   05:21着 05:21発
 10分  徒歩
 京王稲田堤 05:31着 05:38発
  6分  京王相模原線
 若葉台   05:44着
 
P1600576
 
 5時45分、若葉台駅に到着。
 更に徒歩で進んで出発予定地にたどり着いたのは、6時でした。既に日も昇っています。
 
P1600579
06:07:07
35/37/12.850,139/27/57.890
 
 場所をPSPのGPSで確認。
 ちなみに写真に撮影時間と併せて書いている数値は"GPS-CS1"で検出したTOKYO測地系換算での緯度経度を示しています。(GPS-CS1の付属ソフトで、写真の撮影時刻とGPSログをマッチングさせて位置を特定し記録することができます)また写真には同じ位置の地図をALPSLAB の機能を使って呼び出すリンクを作成しています。このブログにはsnapshotを組み込んでいるため、写真にカーソルをオーバラップさせると、同機能の組み合わせにより同位置の地図がバルーンで表示されます。
※写真と場所との誤差がある写真も有ります、念のため。今回は敢えて修正していないです。
※緯度経度に付けられたリンクは、該当のALPSLABの地図頁にリンクしています。
 
 
P1600582
06:12:45
35/37/13.150,139/27/57.390
 
 足のストレッチをしながら間をおいて、歩数計をリセットして。
 06時15分、歩行開始です。

第2章【実行編】

以下、区別で段落を別けます。
(なお川崎7区のうち「宮前区」は通過していません。事前に気がついていたら、コースを細工してでも通過しておくんでした)


1.麻生区
 
kawasaki-asao
 
P1600584
06:12:56
35/37/13.050,139/27/57.390
 
 ここがスタート地点。
 あたりは住宅地建設中てな感じでした。
 
P1600585
06:18:37
35/37/07.749,139/28/01.891
 
 と、歩き始めてからいつものアレな写真を写すのを忘れていたことに気がついて、この時点で。今日のすかーさま、始まりの巻。
 
P1600587
06:20:33
35/37/03.149,139/28/05.391
 
 そのまま、駅から来た道を戻ります。
 
P1600589
06:23:02
35/36/58.548,139/28/09.791
 
 長崎ちゃんぽんが有りました。実際、関東でも時々見かけますわね。
 
P1600597
06:30:40
35/36/53.447,139/28/35.693
 
 鶴川街道にたどり着きました。ここからはこの道なりにすすみます。
 
P1600606
06:38:04
35/36/38.345,139/28/21.991
 
 現在の目指す目的地は柿生駅……と、上り坂! 
 いやまだ全然疲れていませんでしたので、特にキツイというわけではなかったですけどね。この時点ではまだ。
 
P1600607
06:39:44
35/36/35.045,139/28/20.991

 
 その途中で見かけた看板。……マイコンシティってなんだろう? としておきます。時代が判るネーミングですね。
 
P1600609
06:40:25
35/36/32.345,139/28/22.191
 
 更に道を上ります。
 
P1600614
06:45:02
35/36/23.043,139/28/29.691
 
 やっと下りです。
 
P1600625
07:00:13
35/35/55.239,139/29/07.493
 
 途中から川の側の道になりました。片平川だそうです。……なんか記憶ある風景だな。
 
P1600628
07:02:16
35/35/50.739,139/29/11.393
 
 と、思ったら。
 
P1600627
07:01:13
35/35/52.739,139/29/09.393
 
 はいこの上に、川崎フロンターレの練習場があります。以前一度来たことあるです私
 でもこの上でさらに丘の上に在る練習場まで行く気は全く起こらなかったです。
すでに「余計なこと」をする気は全くなかった。
 
P1600635
07:15:24
35/35/24.835,139/29/43.695
 
 更に進み川を離れると、普通の町中の風景になりました。
 
P1600642
07:31:51
35/35/16.233,139/30/01.096
 
 そして柿生駅に到着……って、ここで地図見直したら、その手前の辻で鶴川街道を進む積もりだったので少し引き返すことに。
 
P1600653
07:45:26
35/35/41.636,139/30/10.598
 
 しばらく鶴川街道を進みます。
 また風景が山っぽくなりました。実際まだ山の中ですし。
 
P1600666
08:10:33
35/36/20.339,139/31/06.004
 
 百合ヶ丘駅を過ぎると、もうすぐ麻生区は終了です。


2.多摩区
 
kawasaki-tama
 
P1600672
08:20:04
35/36/37.840,139/31/32.807
 
 ここから多摩区です。
 
P1600674
08:34:32
35/36/42.540,139/31/44.809
 
P1600675
08:34:39
35/36/42.540,139/31/45.209
 
 多摩区に入って間もなく、小田急読売ランド前駅を通過です。
 
P1600679
08:37:42
35/36/41.840,139/31/55.509
 
 「前」と言っても、ここからよみうりランドに行くためにはバスでしばらく掛かります。裏側の京王よみうりランド駅からはロープウェイで行くことできるのに。
 
P1600690
08:58:24
35/36/47.039,139/33/02.415
 
 更に進むと、五反田に到着です。
 ……ええと、五反の田んぼがあったから、五反田? 
 
<P1600700
09:09:34
35/36/51.038,139/33/37.018
 
P1600701
09:10:14
35/36/52.138,139/33/39.019

 
 そして。最初の目標だった、「府中街道」との交差点に到着しました。
ここからはほぼ最後まで、府中街道を進みます(進む予定でした)。
 ここで(多摩署の前で)2回目の休憩としました。この時点ですでに右足裏と左股関節に違和感が発生していました。でもそれ以上に、気分がもう「歩くことが気持ちいい」という感じで、ここで止める気は全くありませんでした。ランナーズハイみたいな状態だったのかしら。
 
P1600707
09:22:48
35/36/49.838,139/33/45.819
 
 謎のモニュメント。何だろコレ? 
 
P1600712
09:27:32
35/36/47.438,139/33/53.620
 
 小田急線を越えると
 
P1600713
09:29:09
35/36/46.637,139/33/56.620
 
 再び川に。
 
P1600714
09:29:22
35/36/46.637,139/33/56.820
 
 二ヶ領用水です。あ、この「川」についても今回は触れません、それは別の機会に。
 
P1600724
09:40:01
35/36/32.835,139/34/24.322
 
 とまれこの後はしばらく、この川に沿って歩みを進めました。
 
P1600727
09:42:51
35/36/29.135,139/34/31.922
 
 途中でこんな処にも。「向ヶ丘遊園」の跡です。私結局ここには一度も行かなかったな。ここもまぁそのうちに。
 
P1600739
10:01:29
35/36/23.432,139/35/24.527
 
 その後もひたすら川に沿って進みます。
 
P1600741
10:05:30
35/36/25.232,139/35/35.528
 
 途中再び合流点に。
 
P1600743
10:06:12
35/36/26.633,139/35/36.328
 
 支流を渡り、
 
P1600746
10:07:42
35/36/27.733,139/35/38.128
 
 線路に沿って本流も渡る頃には
 
P1600749
10:09:22
35/36/27.132,139/35/42.228
 
 多摩区も終わりです。


3.高津区
 
kawasaki-tatatsu
 
P1600751
10:10:34
35/36/26.532,139/35/44.028
 
 今回の歩行での3区目、ここからは高津区です。
 
P1600757
10:25:21
35/36/26.532,139/35/44.028
 
 久地駅前から、今度は南武線に沿って進みます。……って、実は道を間違えました。予定では府中街道を進むつもりでしたから。(方向自体は間違っていないのですけどね)
 
P1600762
10:35:43
35/36/00.328,139/36/18.430
 
 途中川(平瀬側)の上で
 
P1600763
10:36:02
35/36/00.128,139/36/19.430
 
 ふと川の中を見ると大きな魚が。おいしそう
 ……そういえば、朝から何も食べていませんでした。ううむ。
 
P1600765
10:39:50
35/35/55.928,139/36/28.731
 
 国道246号線の下を潜ると
 
P1600767
10:43:37
35/35/54.827,139/36/41.032
 
 目の前に丸井が。
 
P1600772
10:50:35
35/35/48.126,139/36/55.433
 
 高津駅前を通過。
 ここで足の痛みが気になって、靴を脱いで状態を確認しました。まぁ靴擦れ起こしていただけでしたけどね。痛いのは痛かったですけど、止める気はやっぱり無かったです。
 
P1600777
11:05:33
35/35/24.423,139/37/22.734
 
 足を引きずり気味に、ただ前に進むだけ。
 
P1600780
11:08:40
35/35/17.422,139/37/29.935
 
 道を間違えたことは、溝の口駅前に来た時点で気がつきました。当初の予定では等々力緑地そばを通過するつもりでしたので、一回は今の道を離れて府中街道へ移動することも考えましたけど、結局このまま進んでも結局府中街道に合流することは判っていましたから無理はしないことにしました。
 等々力の代わりとして、こちらもゆかりの処です。川崎フロンターレ事務所。
 
P1600787
11:21:40
35/35/08.520,139/37/46.936
 
 その先のコンビニで軽食を買い込み、ここで食べながら一休みとしました。
高津区もあと少しで終わりです。


4.中原区
 
kawasaki-nakahara
 
P1600788
11:26:29
35/35/07.720,139/37/46.836
 
 ついに4区目です、中原区です。行程的にも、ここが真ん中に当たります。
 
P1600789
11:29:32
35/35/04.019,139/37/57.136
 
 中原区に入ってすぐ、新城駅前を通過です。
 
P1600791
11:30:27
35/35/02.219,139/37/58.436
 
 後は高架の線路に沿って、真っ直ぐ前へ進みます。
 時間も11時過ぎのお昼前、結構暑かったです汗もびっしりかいていましたし。
 
P1600794
11:35:40
35/34/56.018,139/38/16.638
 
 それでも淡々と進む目の前に大きなビルが。
 
P1600799
11:42:25
35/34/44.516,139/38/34.739
 
 富士通です! 
 中に入ったのは去年の春まつりの時だけですけどね。今年の春まつりは行けんかった。
 
P1600812
11:57:54
35/34/25.913,139/39/21.442
 
 さて、この交差点でようやく府中街道と合流、再び府中街道を進みます。
 
P1600815
12:00:58
35/34/25.513,139/39/26.242
 
 でも、南武線の高架を潜ってすぐの中原区役所前の広場で、ここで30分ほどの長い休憩を取ることにしました。時刻も12時過ぎ、歩き始めてからほぼ6時間と折り返し点に相当すると考えましたから。
 股関節の痛みと足裏の靴づれは傷む一方でした。
 それと ふと顔を触ってみたら、汗が乾いてシオになってました。
 正直ここまでくると、ウォーカーズハイな気持ちいいの気分の上で、頭の中では「なんでこんな苦しいことをやっているのだろうか」と悩んでいたりもしていました。
 それでも、途中で止める気は無かったです。なんせこれは必勝祈願の荒行でもあったのですから、ならば途中で止めるわけには行きません。
(それと、ここで止めてしまったら、またいつか「最初から」やりなおさなければならない。こういう強迫観念にも圧迫されていました)どの道、途中で止める気はありませんでしたし、止めるわけにはいかなかったのです。
 
 
P1600817
12:30:23
35/34/14.111,139/39/38.443
 
 歩行再開。東横線の下を潜り
 
P1600822
12:33:58
35/34/07.110,139/39/47.243
 
 建設が進む小杉駅周辺の高層マンションを眺め
 
P1600830
12:45:09
35/33/45.907,139/40/04.244
 
P1600832
12:47:02
35/33/42.107,139/40/08.044
 
 横須賀線を陸橋で越えて
 
P1600837
13:00:00
35/33/21.604,139/40/26.145
 
 中原区もこの辺で終わりです。


5.幸区
 
kawasaki-saiwai
 
P1600841
13:05:33
35/33/08.802,139/40/33.145
 
 さてついに後半戦、表示はありませんけど幸区に突入です。
 
P1600842
13:07:19
35/33/03.702,139/40/34.045
 
 南武線は踏み切りで通過。
 
P1600844
13:13:08
35/33/02.101,139/40/41.145
 
 ドルアーガの塔のそばを通過。
 
P1600852
13:29:37
35/32/53.800,139/41/03.947
 
 そして府中街道は「南部沿線道路」と合流。
 この辺で再び休憩。この頃になると30分起きくらいに休憩を挟んでいましたから足の状況は本当に酷かったようです。この時の休憩の際のメモを見ますと

 あしいたい
 ほんとにいたい
 あつい
 やばい
 
 ……と書き殴っていました。ただこの休憩の際、靴ひもの結び方を変えた処少し楽になりました。……後にして思えば、状況から言えば「焼け石に水」に近い措置ではありましたけど。
 
P1600862
13:41:35
35/32/44.798,139/41/33.249
 
 東芝前を(足を引きずりながら)通過。
 
P1600875
14:17:47
35/32/15.594,139/42/00.350
 
P1600881
14:39:02
35/32/03.292,139/42/11.451
 
 道は多摩川に近づき、最後は川縁に。
 
P1600882
14:40:31
35/32/02.492,139/42/13.051
 
 ついに京浜東北線の架橋が見えます。川崎駅はもうすぐです。
 
P1600885
14:43:16
35/31/58.792,139/42/18.251
 
 JRの線路を潜ると……
 
P1600887
14:44:19
35/31/58.792,139/42/20.351
 
 ついに最終段階、幸区も最後です。


6.川崎区
 
kawasaki-kawasaki
 
P1600888
14:44:23
35/31/58.692,139/42/20.451
 
 とうとう川崎区です。もはや足が痛いは通り越し、完全に足を引きずりながら歩くと言うよりも「前に進むだけ」という状況です。休憩で座り込むと、立ち上がる際に膝が笑って立ち上がることすらままなりません。老後の自分の体を今から体感しているような気分です。でも歩きます。前に進みます。進むしかないのです。
 以前の予行演習で、ここから先も「普通の状態ですら」2時間以上かかると判っていても。
 
P1600893
14:48:36
35/31/55.791,139/42/26.952
 
 京急大師線は、踏み切りで通過。それにしても今回何回線路を渡っただろうか? 
 
P1600900
14:54:50
35/31/52.290,139/42/39.453
 
 まもなく今度は視線上に現れたのは、川崎競馬場です。
ここも以前に一回行ったっきりです。また同じような機会ができるかも知れませんけどね。
 
P1600908
15:03:09
35/31/52.190,139/42/58.254
 
 この辺まで来ると、一面埋立地と言うことも有ってかかなり見通し良くなっています。
 
P1600926
15:39:42
35/31/56.489,139/43/40.658
 
 川崎大師駅前で再度線路を越えて
 
P1600934
15:51:00
35/32/01.689,139/44/04.460
 
 ひたすら海を目指します……と、あれはなんだろう? 
 
P1600938
15:55:31
35/32/02.789,139/44/14.361
 
 なぞの建物が建っていました。(いや前回の徘徊の際にも在ったですけど)
 
P1600940
15:56:31
35/32/02.489,139/44/17.261
 
 これが解答、みたい。
 
P1600944
16:00:25
35/32/03.189,139/44/25.662
 
 見通しが良いのは良いのですけど……いや、見通し良すぎてこの先の道のりの長さが判りすぎで却って嫌。
 
P1600952
16:06:32
35/32/04.089,139/44/37.963
 
 産業道路は横断歩道ありませんので、歩道橋で通過。
 
P1600974
16:46:27
35/32/06.088,139/45/26.667
 
 それでも一歩一歩歩みを進めて、残りの距離を縮めるしか有りません。
 
P1600977
16:49:51
35/32/05.887,139/45/35.868
 
 生きていくこと自体も、その時その時の苦しみの中でも、一歩一歩前に進むしかないのです……とかなんとか、達観したのか諦念したのか判らない心境になりつつもともかく前に進みました。
 
P1600986
17:16:28
35/31/54.085,139/46/02.070
 
 浮き島橋を渡り、いよいよ浮島です。
 
P1600991
17:20:20
35/31/50.585,139/46/07.870
 
 しかし橋を渡りきると、そこから先は終点まで完全に真っ直ぐ。ゴールは消失点の先です。
 
 
 
 
P1610018
18:07:55
35/31/07.178,139/47/20.975
 
 それでも、終わりのない道はありません。最後の地獄の30分を越え、遂に消失点の先までたどり着いたのです。
 
P1610019
18:08:47
35/31/06.278,139/47/22.675
 
 さてここまでは想定内でしたが、ここからはどこまで行けるのか判らないまま、さらに海に向かって進むことだけを考えていました、もちろん徒歩で行ける範囲で。
 取り敢えずというか徒歩で行けそうな範囲として、浮島町公園に入り込みました。
 
P1610020
18:08:56
35/31/06.078,139/47/22.975
 
 鬱蒼とした森の中を抜けて
 
P1610026
18:12:23
35/31/05.877,139/47/29.175
 
 防波堤で終わり……と思いましたら、「浮島つり園」という表示が。
 入ることできそうでしたので、階段上がって防波堤の向こうに。
 
P1610027
18:12:56
35/31/05.677,139/47/29.775
 
 つり園というだけあって、釣りをしている人がそれなりいましたです。
その背後を、進めるだけ進みました。
 
P1610032
18:16:46
35/31/00.877,139/47/35.276
 
 ……ここがその果てです。
ここに地終わり海始まる

 06時15分出発、18時16分到着ですので、休み込みで12時間と1分の歩行でした。歩数計の値では実動478分となっていましたので、歩行時間は7時間58分と言うことになるようです。
 歩数は、5万5067歩だったそうです。
 
 とはいっても、本人としてはこの時は。「荒行達成!」という達成感や満足感はさておいて、ただ「やっと終わった」という悲壮な安堵感と体中の痛みだけでもういっぱいいっぱいの状態なのでした。
 
 
P1610033
18:17:00
35/31/00.677,139/47/35.676
 
 出発時には日が昇ったばかりだったのに、歩破達成に併せて日が沈んでいきます。
今回の歩きで判ったこと、それは結局の処「川崎は細長かった」と、初めから分かり切っている結論へと至ったのでした。
 
P1610037
18:19:45
35/30/59.677,139/47/36.976
 
 と、今日のすかーさま、終わりの巻。
 ここでGPSを止めました。
 
P1610039
 
 さて、これで今回の荒行も終わり。あとはまっすぐ帰るだけ。
 疲れ切った足を引きずりながら、浮島のバス停に向かいました。
 しかしあれだけ苦労した行程、川崎駅からの4時間もバスでは30分足らず……


7.まとめ

 今回の荒行の行程は以上の通り、ここからは「まとめ」です。単に「歩きました」を提示するだけでは終わらせない、ということが今回の記事の最前提ですから。

 最初に、GPSの記録をそのまま地図上にマッピングした行程線を以下に。
 
kawasaki-2
 
 しかしこうやって行程線を引いて判ったのは……その距離が「52km」だったこと。
 どこをどう間違ったのか(ある程度の誤差は有るとしても)、想定よりも10km以上長かったことになります。(しかも休んでいる時間もそれなりあり実際の歩行時間は約8時間となっていますので、これでは6km/h以上をほぼ保っていたことに。本当か?)
 
 
 でも、地図上の線だけでは判りにくいとは思います。
 次に、上記行程を動画にまとめました。今回移動中は5分毎に写真を撮っていたので、それをまとめてGIFアニメとして加工しました。
 
川崎縦断

(クリックでポップアップします。gif動画/320x240/66秒/5.86Mbyte ) 

 
 見所は後半、川崎区の工場エリアに入ってからでしょうか。
 
 そして今回最後に提示するのは"sightfield.jp"というサイトが公開している、GPS-CS1KのGPSログからその軌跡を動的に衛星写真地図上に展開してくれるサービスです、これに今回の行程のログを上げました。

sightfield
(画像クリックでサイトへ飛びます)


 これで、今回の「川崎横断」での筆者の行動、というかはいずり回っている様子がはっきり判ります。
※ちなみにCPUパワーが沢山必要です。充分なパワーが有れば、超高速モードで12時間の死闘を10分間で再現してくれます。

 ちなみにGPS自体はそれ程感度が高くないので、実際の道よりズレていたり途中記録しそこねている処も有ります。また行程中時々動きが止まってぐるぐる動いている部分がありますが、それは「休憩」している処です。
 今回の行程が少しでも体感できれば……幸いです。


8.後日譚

 翌日の5日は丸一日寝たきりでした。脚が痛くて、起き上がることすら困難。結局、なんとか動けるようになったのは6日からでした。
 しかし! 必勝祈願としての効力は有ったようです。川崎はその後の試合、6日の対東京戦、9日の対アレママラン戦、そして13日の対甲府戦と3連勝です。めでたしめでたし。


9.予告編

 縦断をしたのですから、次は「横断」でしょう。
「川崎を横断する、徒歩で。」そのうち実施します、お楽しみに。ただし時期未定。

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