(2007/05/27 エントリー追加)
今回の旅行のまとめで、目次頁を作成しました。。
05月21日の徘徊
福岡から羽田経由で、ついうっかりバンコクに。
05月22日の徘徊
バンコク徘徊。お寺とかお寺とかお寺とか。
05月23日の徘徊
サイアム周辺から、ついに王立タイ陸軍競技場へ。
ACL第6節バンコク大学対川崎@王立タイ陸軍競技場、バンコク
今回の旅行の主目的、あるいはタイに行くための方便。
ふろん太君大遠征・タイの巻
海外遠征恒例のアレ。
05月24日の徘徊
アユタヤもしくはアユチヤとかその辺。
05月25日の徘徊
ジムトンプソンの家とか。あと帰宅の途についても。
◆-◆-◆
(2007/06/01 記事追加)
※以降は帰国後にまとめた日記兼メモ兼その他もろもろです。
21日
ちなみに19日の大分戦@目玉からの流れで、21日は福岡に居ました。なので11時の福岡空港発の便でまず羽田に。羽田からはリムジンバスで成田に。ここも問題なく乗り継ぎが出来、成田に到着。まず事前に成田に送っていた荷物をピックアップして、ここで国際線チェックイン。ただ思ったよりも成田での時間に余裕が無く、特に何か買ったわけでもなくJAL便で出発しました。
※福岡発バンコク行きという便も有るし選択は可能でしたけど、でもそれではなんだか「面白くなかったから」。さらに言えば、値段変わらなかったので、少しでもマイルを稼ぎたかった、ちと涙含ましい。ちなみに福岡発成田行きの便も選択は出来たのですが、しかしこれを選択すると料金が1万円くらい跳ね上がったので 止めにしました。
事前に通路側で席を確保していましたですし、搭乗時間も7時間ほどと普段国際線となると10時間以上当たり前という身には、それ程苦にもなりませんでした。シンハビール呑んで、パーソナルTVで映画を適当に斜め見して。ただ、自前のヘッドフォンの航空機座席用コネクタに変な力を加えてしまい壊した、問題はこれだけ。
入国時の申請書類は入出国カードのみ。入国審査は特に会話もなく、あっさり終わりました。
それからまずやったことは、お金の両替。この時は、去年のドイツ行きの際の残りだった45ユーロをバーツに交換しました。1800バーツくらいだったかな。(その後はホテルで交換)
着いて早々の感想。暑かった。とても暑かった。着いた当日は夜だったのに、立っているだけでも熱がこもる感じで。
空港からホテルまでは、事前に申し込んでいた送迎サービスで。めっさ高かったけど、ここは夜と言うこともあり安全第一で(後にして思うとめっさ高かった)。
ホテルはアメリカのチェーンでほどほどに良い処。これも安全第一で。ちなみに一泊の値段はハイシーズンのオールスターリゾート程度。なお私が公式の予約サイトを見たときで最も安い部屋を選んだのですけど、なぜかそれはエグゼクティブフロアの部屋でした。(4泊ということで連泊ディスカウントがついたためみたい) チェックインもエグゼクティブラウンジだったのでエレベータで上がってからだったのですが、その際誘導してくれたフロントの兄ちゃんいわく「なんならジュニアスイートにしない?」いえそこまでは要りません(^ ^;) 実際用意されていた部屋で充分すぎましたでしたし。(ウエルカムフルーツまで付いてた)
他は、おトイレこそ個別に囲っては居なかったものバスルームにはシャワーブースも備えられて有り、アメニティは普通に有りそうな物が一揃え。しかも朝回収してたらターンダウンの際にも再充填してくれましたから、結果帰りの荷物の多くをアメニティ関係が占めることに。
ライティングデスクも有り有線インターネットも有り……ただし、24時間700バーツほどと結構高かったくせに……遅い。ぶちぶち接続が切れる。なども余り状態はよく無かったです。まぁメールやサイトの参照、ブログの更新にはなんとか使えましたけど。
到着日は、バンコク到着が21時くらいだったので、ホテル到着も22時頃。だからここからどこかに行くというわけにも行かず、周辺を散歩するという程度で……て、あっさり道に迷った(^ ^;) 結局1時間以上さまよった揚げ句に、送迎車で通った記憶のある処にたどり着いて、そこから帰ることができましたです、疲れた。
(夜中も表の道は明るく特別治安が悪いという雰囲気は有りませんでしたけど、知らない街の夜歩きは人様には勧めません)
22日
ちなみにこのホテルではエグゼクティブフロア宿泊の場合、専用ラウンジでの朝食バッフェ、アフタヌーンティ、イーブニングカクテルが着いてきます。(結局朝食以外は1回カクテル呑んだだけでした) ただ朝食バッフェの時間が6時~8時までと早い時間で設定されていましたので、そのため朝は7時には起きる生活に。(時差は-2時間 日本09時=バンコク07時なので、早く起きているわけでは無いですけど)
そのあと、コンシェルジェに「試合のチケットが事前に取れないか」相談してみました。尤もコンシェルジェ当人もそんな試合がある事自体知らなかったようで、なのでパソコンからAFCのサイトを開けてもらって指さしで「この試合」という処から。 コンシェルジェのお兄さんも試合自体は認識できたようで、まずバンコクのチケットマスターに問い合わせ(取り扱いなし)他確認の結果、「プリセールはしてません」と、事前に判っていた結果に落ち着きました。
いくらエグゼクティブフロアのコンシェルジェとはいえそれ以上の交渉まではお願いできないかと、ここはここまで。当日の直接購入を敢行することにしましたです……尤も、この日の英字新聞を見ましたらバンコク大学側もグループリーグ敗退決定しているということで消化試合として、週末のリーグ戦優先のため主力は温存する云々というコーチ(監督)のコメントが載っていましたし、チケット入手はそれほど困難では無いだろうとは思いましたけども。
さて、
ホテルの近くにBTS(スカイトレイン=高架電車)の駅が有りましたので、そこからまず移動。この日は120バーツの1日券を買ってみましたけど結局これをペイできるほども乗りませんでしたから、その後は個別で購入しましたです。(ちなみに一区間で20バーツ、以降距離に応じて5バーツ単位で値段が上がります)
あ、1バーツは為替レートで4円くらい。なので20バーツは80円くらいです。ただ実質の物の値段から考えた適正レートは1バーツ=10円くらいで考えれば良さそうです。
※缶コーラ 20バーツ
ミネラルウォータ 10バーツ
(アユタヤの帰りのリバークルーズではエビアンに80バーツとりやがった(- -#))
ビール一瓶 50バーツ
などなど。マクドは在ったけど入りませんでしたのでビックマックの値段は判りません。
途中で地下鉄に乗り換え、バンコクの中央駅であるファランポーン駅まで。ここから徒歩で王宮に向かって進んだ……のですがここでもあっさり道に迷った。結局2時間くらいさまよった後で、諦めてトゥクトゥクを拾いました。
トゥクトゥクは3輪バイクのタクシーで、料金は乗る前に決めます。言葉通じないまでも、地図を示して料金を筆談で出してもらって交渉。この時は相場判りませんでしたので100バーツで手を打ちましたけど実際には高かったのでしょうね。
そんなこんなで、排ガスまみれになりながらワットポーに到着。巨大涅槃仏がある処ね。実際、やたらでかかったです。
その後王宮などを経て、またトゥクトゥクでBTS駅まで、そこかホテルに戻りました。ちなみに町中には普通にコンビニ(私の観た範囲では大半セブンイレブン一部ファミリーマートあと知らない処も少し)が有りましたので、飲み物購入などは難儀無かったです。
※ただ一度ビール買おうとしたら売ってくれなかった。その時は理由不明でしたけど、どうやらアルコールは販売時間の制限があった模様。
この日はホテルのレストランでカレー食べました(辛かった(- -#))
※いや正直、タイ料理食べよ思ったら大概の料理には私の危険フラグが立ちそうな海産物系食材が使われている物ばかりで、困りましたです。(アユタヤ帰りのボートでのランチバッフェではトムヤンクン選んじゃったので こわごわスープだけ飲みましたけど、この時は何とか無事で済みました)
御版の後は、ラウンジでお酒を2杯ほど戴いてから、夜は「パッポン通り」見物に。(BTS乗り継ぎで) パッポン通りは「カウンターの上で半裸のお姉ちゃんが踊ってるバー」みたいな店が並んでる処で、通り自体もすきま無く露天が立ち並び客引きの兄ちゃん姉ちゃんがひっきりなし、という処でした。ちなみに「そういうバー」は戸口の隙間から中を垣間見ただけ。
ちなみに「ふろん太な格好」の人は見かけなかったけどなぜか日本代表ユニの人は居た。現地の日本人なのか? ううむ……
隣の通りは日本人向けなのか、異常に日本語が氾濫していました。まぁ良いけどね。物価の違いもありますし、日本人は多いのでしょうから。でもちょっと生理的に……いえ、まぁいろいろ思うことは有りましたけど、思うだけで書くのは止めておきます。
適当に徘徊しただけで、後はホテルに戻って寝ましたです。
23日
ついに試合当日です。
試合は18時で、現地には15時に到着を目標としましたので、そこまでに時間は余りありません、なのでこの日はサイアムあたりを徘徊して買い物だけすることにしました。例によってラウンジで朝御飯を食べてから。
ちなみに何故かこのラウンジでは、他のお客さんとは殆ど会いませんでした。如何にも偉い人っぽい白人の方が数人と、中華系の人くらいで、日本人は……居たのかな?
(ラウンジには読売新聞が常備されていましたし、ロビーでは時々見かけましたので、日本人客も居るのだとは思ったです)
※ホテル内はほぼアメリカ語で会話していましたです。
サイアムではいくつかショッピングモールを覗きました。実際この辺は普通に都会でした、ピンクのタクシーが一杯なのを覗けば、日本だと言っても違和感は無いくらいで。
昼過ぎくらいまでふらふらした後、一度ホテルに戻ってクールダウン。着替えて14時に出撃準備完了。ロビーに降りベルの人にタクシーをお願いしました。処が。
そもそも行き先を“アーミースタジアム”と伝えてもベルの人からして判らない。いちおチェックしておいたタイ語での名前“サナームキラーコーンタッボ”と伝えてようやく行き先は伝わったのですが、
1台目のタクシー“そんな処は知らね”
2台目のタクシー“よし判った”。でもこのタクシーメーターなしだったのでベルの人経由で値段を確認してもらうことに。でなぜかベルの人は「100バーツ」で交渉を始めた処“その値段ではいけねぇ”
3台目も1台目と同様。
4台目でようやく、“よし判った、ただ高速使うから通行料も出せ”。高速の通行料は40バーツで、これに加えてメーター分の代金ということで、これで話が着きました。
実際下道は混んでいて高速上がるまでに時間掛かりましたけど、上がってしまえばそんなにもなにもなく、“ARMY CLUB”と書かれた看板の先まで連れて行ってもらいました。メータは71バーツでしたけど、試合前ということで100バーツ渡して「釣りはとっとけ」したら運転手さんはそれなり喜んでくれたみたい。
大通りから入った道の処に兵隊さんが(ヒマそうに)見張りをしていましたので「スタジアムはこっちすか?」と聞いたらあっちと、指差した方に進むと確かにそこにそれっぽい建物が。
時間は15時過ぎ。スタジアム正面に回るとすでに青黒の人が10人ほど待っていました、いわく「チケット発売は16時からだそうですよ」。しょうがないのでスタジアムの周りを一回りして戻ってきたら、まもなく予定よりも早く、チケットの発売が開始されました。チケット発売と言っても、窓口はテーブルを置いただけですけどね。
そのうちに隣にもう一つテーブルが設置されましたけど、こちらはどうやら現地富士通の窓口だったみたいです。紙製の旗とお弁当を配布していました。
スタジアム自体はもう、「江戸川をもっとボロくした」と言った風情で。いちお2万人収容という事になってはいますけど、メインスタンド以外は雛壇しかない立ち見席、メインも一応個別席とは言え、中央部以外はボロボロの席。(中央部はスポンサ席で、トヨタが呼んだらしいお子様がたなどが座っていました)
しかも中央最寄り席は最初綱張って使用禁止にされてたのですが、どうやらこれは富士通動員席分を確保していたみたい、そのうちに縄張りが解かれました。 日本からは300人くらいは来ていたのでしょうか、他に現地の日本人、現地の日本人学校のお子様方、そして富士通と書かれた作業服着用の現地の皆様多数。少なくとも最終的には、アウェイ応援席はそれなりの人数になりましたです。
試合自体は、ニシのスーパーミラクルヘディングゴール、もしくはゴール前で相手DFと交錯してゴールに向かって滑って行った処に大世が放り込んだらニシの頭に当たってゴールに入っちゃった何だこりゃゴールが決勝点となって、川崎の勝ちとなりました。何だこりゃ。
(※ニシ本人いわく倒されてもなお、来たボールに必死で合わせた結果のゴールだそうです)
試合後、現地のお子様方に対するサービスとしてサイン会が行われ、選手はバンコク大学の用意したバスでお帰りになりました……そのまま空港に行った?
でこっちも帰ることに。途中行き掛けも見かけた見張りの兵隊さんの前を通った際に「ぐっない」とだけ声をかけたら、あっちからは何を思ったのか「なんばーわん!」との声を返してもらいました(^ ^)
んで、
ここからが大変でした。タクシーを拾ってホテル名を告げて乗ったのですけど、全然違うホテル(名前は微妙に被っている)に連れて行かれた。地図を示して言ったのですけど夜でしたしちゃんと見てくれてなく名前だけで知ってるホテルに連れて行かれてしまったみたい。しょうがないので再度タクシーを拾って、今度はなんとか間違えなく帰ることはできましたけどね。
という展開も有りまして。この日はこの後ルンピニスタジアムでムエタイを観るということも考えてはいたのですけど、あっさり中止にしてすぐ寝てしまいました。実際眠かったですし。
24日
この日は事前に申し込んでいたアユタヤツアーの日で、しかもピックアップの時間は6時半でしたから、それ以前に起きる必要がありました。朝食バッフェは6時からでしたので身仕度をそこまでに済ませ、まだ用意中だったラウンジで軽くご飯を食べてからロビーに降りました。
でも時間通りピックアップされ、幾つかホテルを回ったあとバスに乗り換え、出発となりました。日本人向けツアーで参加者は7人。ちなみにガイドさんと話をした最近なんだか参加者減っているそうです……。
アユタヤではお寺巡りをしました。はい、それだけです。(象にも乗ったよ)
帰りはリバークルーズだったのですけど、大半寝ていたので良く判りません(^ ^;)
船の到達点は川縁のショッピングモールで、でも交通機関は余り良くなく、その上で「ツアーはここまでですけど、必要な方はバスで送ります。ただしどこぞのお店経由で」という展開でした。
私はここで降りちゃいましたけど、他の人は結局バスに乗ってどこぞの店に行っちゃったみたい。そこからはてくてく歩いて、最寄りのBTSの駅まで行きました、まぁ2kmほどでしたけど、ただ有る程度位置関係はつかめてましたのでこの時は迷うこともありませんでした。
※下校時間だったのか、お子様方がたくさんいましたです。
BTSもふと思い付いて途中下車し、今度は昼のパッポン通りを覗いてみました。さすがに日も高い内は店も閉まっていましたし、露天もまだ店開きの準備をしている段階でした。でも客引きあんちゃんは居たけどね。
そこから歩いて、次はルンピニ公園に。普通の都市公園で、中は運動している人が一杯。ここも見た目はそんなにバンコクという感じはしませんでした……。いや、違いがありました。中の池のほとりで何か動いていると思ったら、オオトカゲでした(^ ^;)体長1m以上は有ったと思います。野良トカゲが居るとは、さすが亜熱帯。
ホテルに帰って、この日も早めに寝ましたです。
25日
最終日です。出発はこの日の夜の便です。
というわけで荷物をまとめ、荷物を預けた後チェックアウトを済ませました。
この日で最期なので、最後は買い物中心です。サイアムに移動。まずMBKセンターなる胡散臭いショッピングモールに入りました。ここはモールというよりは露天の集合体といった感じで、特に上のフロアに上がると雰囲気はまるで秋葉原(^ ^;) 秋葉原と同じく小さな売り場でも粗利が見込める小さな家電製品それも携帯電話が一番多く売られていました。それもNOKIA中心。
私の手持ちの携帯もNOKIAで海外では6630という奴で結構古いはずなのですがまだ現役
のようで周辺機器それも着せ替えカバーが沢山売られていましたので、結局ここで私が買ったのはこれだけ。日本でも売られては居たのですけど色のバリエーションが少なかったので(日本未発売の青)。
その後、ジムトンプソンの家に。バンコクに来た観光客はみなここに来るそうで私も。家の中はガイドツアーのみということで、無理矢理ツアーに参加させられました。
そのあとはここのレストランでご飯を食べて、ここのお店で大散財。といってもショルダーバッグ一つ、トートバッグ一つ、それにシルクのシャツを一枚買ってこれはこの場で着替えました。確かに涼しくてタイの気候には良さそうですね。
※でもその格好のまま飛行機に乗ったら風邪引いた、注意。
ちなみにこの時に消費税返還の用紙をもらいました。空港で払い戻し、と言っても200バーツほどですけどね。
さて。まだ時間がありましたので、ここからタクシーで移動しようかとも思ったのですけど。後になって判ったのですが、「ジムトンプソンの袋を下げているとカモと見てぼったくろうとする」。
現地ではジムトンプソンは「冗談でなく高い」ということになっているようで。私の感覚では、そんなに高くないと思ったのですけどね(ただそこで買ったバッグ2000バーツくらいのものが日本では1万5千円で売られていることに気がついてちとおろろいたですけど)
なにゃかんやで、「金の仏像を拝んでいかないか」だの「お店に行かないか」だのを否定して、タクシーで国立博物館へ。タイの歴史を俯瞰するような展示でしたけど、日本統治時代は軽くスルーされていたような?
その後、国立美術館にも行って(変な現代アートが並んでましたです)妖しい通りを経由して、ここからタクシーを拾って(この時が最初の向こうの提示が300バーツと、おいこら空港行くんじゃねぇぞ価格で、こっちは150で引かず納得させましたです。それでも決して安いとは思わないけど)
最後に行ったのは戦勝記念塔。これを眺めた後サイアムに戻りました。
サイアムではスーパーマーケットに行って、おみあげ用の買い物を。何故か日本食関係の物が一杯売られていましたです。
最後にホテルに戻り、荷物を回収して、タクシーで空港へ。
しかし下道は思いっきり混んでいて、タクシーの運転手さん裏道を駆使して(たいしてショートカットにはならなかったとは思いますけど)高速に上がりました。
この時の料金はメーターが300バーツ弱、ほかに高速の通行料が40バーツと25バーツ別途、でした。
ジムトンプソンでもらった消費税返還書類に確認判をもらった後、チェックインいちおJALなのですけど帰りはタイ航空とのコードシェアということで、そちらでのチェックインとなりました。受け着けた方も日本語通じなさそうで若干不安げでしたけど、まぁこっちも飛行機のチェックインはそれなり馴れてますから カタコトとはいえアメリカ語で話しましたので向こうも微妙に安堵の御様子、双方心配なしで済ませることが出来ました。席は勿論通路側。
※関空経由の羽田行きだったのですが、ここでは関空までのチェックインで、荷物も一度ピックアップ、関空で再度手続きをしろ、という話でした。
その後は最後のご飯を食べて、残ったバーツで少し買い物をして。夜の便だったからか、機内はがらがら。というわけで私は横3席を占拠して横に寝てました(^ ^;)それも夜発の便でしたし搭乗時間は5時間ほどだったので一寝入りしたらもう関空に着いてしまいましたという感じ。タイで着替えたシルクシャツでの服装のままだったので、機内で体冷やして風邪引いちゃったのですけどね。
入国審査他も何の問題も無し。さすがにタイからとなると税関では荷物を開けて中身の確認という展開ともなりましたけど、それもこちらが協力的な風だったからか、特に問題なし。
関空からはあっという間、26日朝8時には羽田に到着しました。
でもまっすぐ家に帰って、寝ましたけどね(^ ^;)(^ ^;)
というわけで、この日記はここまでです。
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